宇野昌磨をスカウトしたのは浅田真央だった|5歳の出会いから引退相談まで

転んでも、また転んでも、楽しそうに滑り続ける5歳の男の子。その姿に目を留め、「フィギュアやりなよ」と声をかけた7歳上の少女がいました。

声の主は浅田真央さん。誘われた少年こそ、のちに五輪メダル3個を手にする宇野昌磨さんです。

名古屋・大須のリンクで生まれたこの出会いがなければ、日本男子初の世界選手権連覇は存在しなかったかもしれません。

目次

大須のリンクで始まった宇野昌磨と浅田真央の「スカウト伝説」

フィギュア宇野昌磨 引退までの軌跡

出典:フィギュア宇野昌磨 引退までの軌跡 – メ〜テレニュース

出会いは2002年頃、名古屋・大須のスケートリンク。一人で滑っていた宇野少年に、浅田さんのほうから声をかけたのが始まりです。

浅田さんは後年、「昌磨がすてんすてん転んでも楽しそうに滑ってる姿が印象的だった」と当時を振り返っています。

実は宇野さんの母は、他の競技と迷っていました。決め手になったのが、この浅田さんからの誘いだったと報じられています(J-CAST)。

幼い宇野さんは「真央ちゃん、真央ちゃん!」と高い声で慕っていたとか。

このエピソードは宇野さん本人もABEMAの番組や2024年の引退会見、さらに2025年12月放送の「徹子の部屋」でも繰り返し語っています。

「いつも泣いてました」浅田真央が明かした少年時代

宇野昌磨と本田真凛は何をしてファンを涙させたのか?

出典:宇野昌磨と本田真凛は何をしてファンを涙させたのか? – BTS ワールド

浅田さんが2018年3月のイベントで披露した幼少期の宇野さん像は、今の姿からは想像しにくいものでした。

「いつも泣いてました。できないと泣いて、転んでも、お母さんに怒られても泣いていた」

モデルプレスが伝えたこの証言に加え、「フェンスから頭が出ないくらい小さかった」という身長の話も飛び出しています。

浅田さんは「誘った身としては『あぁ、誘っちゃったしな…』と思いながら、世界で活躍するスケーターになってほしいと常に思っていた」とも明かしました。

その泣き虫少年は、直前の2018年2月に平昌五輪で銀メダルを獲得。中日新聞は「真央ちゃんを追って15年」と報じています。

引退を最初に相談した相手も浅田真央だった

Number Webの独占インタビューによれば、宇野さんは引退のおよそ1年前にあたる2023年頃、浅田さんに相談を持ちかけていました。

浅田さんの第一声は「えー、まだ全然できるよ」

具体的な助言ではなく、自身の現役最後の時期の経験を語り、「どの道に進んでも応援している」と伝えたといいます。

宇野さんは浅田さんのアイスショーを観て「競技以外の場所でもスケートに全力を注げる」と気づいたと語っており、約21年の競技生活の締めくくりにも浅田さんの存在がありました。

2024年5月14日の引退会見でも、羽生結弦さん・高橋大輔さんと並んで、浅田さんへの憧れと感謝を口にしています。

「ほんとの姉弟みたい」2ショット投稿の反響

羽生結弦と宇野昌磨が本当の兄弟みたい

出典:羽生結弦と宇野昌磨が本当の兄弟みたい – Sports Station TV

2019年5月28日、浅田さんが自身のInstagramに投稿した1枚が話題を呼びました。

「サンクスツアー」を訪れた宇野さんとの2ショットです。

添えられた言葉は「照れていたのかな?私の隣に座ってくれませんでした」

ファンからは「照れ顔昌磨君かわええ」「ほんとの姉弟みたい」という声が相次ぎました(THE ANSWER)。

2024年10月6日にはTBS「日曜日の初耳学」2時間SPで共演し、出会いのエピソードを2人で語り合う場面も放送されています。

2人の現在——リンクを作る浅田真央、五輪へ戻る宇野昌磨

宇野昌磨のスケート人生を支えた6人とは?|6 Persons|CONNECTORS #宇野昌磨 #フィギュアスケート

出典:宇野昌磨のスケート人生を支えた6人とは?|6 Persons|CONNECTORS #宇野昌磨 #フィギュアスケート – Sports Graphic Number

浅田真央はリンク運営と育成へ

浅田さんは2024年6月、総合演出・主演の劇場型アイスショー「Everlasting33」を全15公演開催し、のちに映画化もされました。

同年11月11日には、個人名を冠した日本初のフィギュアスケートリンク「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」が東京・立川に開業。

2025年8月からは「木下MAOアカデミー」も本格始動し、後進の育成に乗り出しています。

宇野昌磨はアイスダンスで現役復帰

一方の宇野さんは2026年5月22日、本田真凜さんとアイスダンスのカップルを結成し、現役復帰を発表しました。

目標は2030年アルプス五輪。コーチ陣には現役時代から師事するステファン・ランビエル氏が名を連ねます。

2026年7月末からはプロデュース公演「Ice Brave」第3弾を愛知・東京で開催。ショーの演出と競技への挑戦を両立させる、浅田さんとも違う道を歩み始めました。

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まとめ:スカウトから四半世紀近く続く2人の物語

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出典:宇野昌磨と本田真凜、運命を変えた「氷との出会い」|幼い二人が感じたスケートの原点と知られざる物語#宇野昌磨 #本田真凜 – THE Visual Japan 24h

  • 宇野昌磨さんがフィギュアを始めたきっかけは、5歳のとき名古屋・大須のリンクで浅田真央さんに誘われたこと
  • 幼少期は「いつも泣いていた」泣き虫で、浅田さんは「誘っちゃったしな…」と責任を感じつつ成長を見守った
  • 引退相談を最初に受けたのも浅田さんで、第一声は「えー、まだ全然できるよ」
  • 現在は浅田さんがリンク運営と育成、宇野さんがアイスダンスでの五輪挑戦と、それぞれの道へ

5歳の少年に声をかけた浅田さんは今、自分の名を冠したリンクで次の世代を育てています。

そして声をかけられた側の宇野さんが見据えるのは、2030年アルプス五輪の氷の上。大須のリンクから始まった物語は、四半世紀近くを経てまだ続いています。

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