ミラノ国際博覧会に、ひとりの日本人画家の絵が展示されました。
カンヌ国際展でグランプリを受賞し、二科展には23年連続で入選——輝かしい経歴の持ち主は、フィギュアスケーターの宇野昌磨さんの祖父です。
家族の個性はそれだけではありません。父はIT関連会社の経営者、弟は大学卒業直後にドッグカフェを開業しました。母は往復1時間半のリンク送迎を毎日続けてきた人です。
この記事では、祖父の画業から父の職業、親の仕事の分担、弟の大学と身長、そして5歳だった昌磨さんを変えたある出会いまで、宇野家の素顔をまとめました。
宇野昌磨の祖父母――日本画家として60年以上活動した藤雄さん

出典:宇野昌磨さん「自分画家の孫だけど聞きたいことある?」イラストが話題 祖父は世界的画家の宇野藤雄さん – Leghari
昌磨さんの祖父は、画家の宇野藤雄さんです。
1927年3月15日、愛知県丹羽郡羽黒村(現・犬山市)生まれ。戦後、20歳ごろから画家としての活動を始めました。
1952年度の二科展で初入選を果たすと、以後23年連続で入選を続けています。カンヌ国際展ではグランプリを受賞しました。
日本各地はもちろん、ブラジルやフランスでも個展を開催。2015年のミラノ国際博覧会には、自作が展示されています。
2018年、90歳だった藤雄さんは週刊女性PRIMEの取材にこう語りました。
「昌磨と私の博物館を作るのが夢」
孫をモチーフにした絵画も手がけていて、書籍では「孫と祖父が創りだす『美』の競演」として紹介されています。
宇野昌磨の父――名古屋でIT関連会社を経営する宏樹さん

出典:デイリールーティーン・宇野昌磨 / Daily Routine・Shoma Uno – shoutube宇野昌磨
職業は?
父親の名前は宇野宏樹さんです。
名古屋市でIT関連の会社を経営しています。会社を立ち上げたのは、昌磨さんが3歳の頃だったという情報があります。
フィギュアスケートは年間数百万円、時に1000万円を超える費用がかかる競技です。経営者としての収入が、競技継続を支えてきたとみられています。
Xで話題になった「うちの宇野昌磨」
父・宏樹さんのものとされるアカウントのX投稿が、ファンの間で知られています。
「徹子の部屋にうちの宇野昌磨が出させていただきましたが、彼は幼少の頃からゲームがしたいという想いの一点のみ他者より優れ、その想いを母の手腕でフィギュアの世界1に導かれました」
「うちの」という独特な言い回しに、笑ってしまった読者も多いはずです。
送迎や試合観戦にも積極的だったとされ、経営と子育てを両立させてきました。
宇野昌磨の親の仕事――母・純子さんが担った役割

出典:🎤❄️宇野昌磨「徹子の部屋」で語った“母の厳しさ”と“幼少期のゲーム愛”✨🎮 – JP STAR SHINE
母は専業主婦としてスケートを支えた
母の名前は純子さんです。
女性自身の取材によれば、純子さんは専業主婦として息子のスケート活動を全面的に支えてきました。
リンクまでの送迎は往復1時間半。深夜や早朝の練習にも付き添い続けました。
練習の見守りだけでなく、衣装の飾り付け制作まで手がけています。
昌磨さん本人は「僕がここまでジャンプが跳べるようになったのも、母がガンガン言いながら練習を見てくれたから」と感謝を口にしています。
子供の頃からゲーム好きで練習をさぼりがちだった昌磨さんを、リンクの外から目を光らせて見守っていたのも純子さんでした。
両親の分業体制
父は経営者として資金面を、母は送迎や健康管理、衣装制作といった日常のサポート全般を担当。
役割を分けることで、年間数百万円以上かかる競技生活を家族全体で支えてきました。
宇野昌磨の弟――大学卒業後にカフェを開業した樹さん

出典:宇野昌磨の愛犬に会えるカフェ – いぬじかん&ねこ自慢 【BS-TBS】
大学と経歴
弟の名前は宇野樹さん、2002年生まれです。
名古屋国際中学校・高等学校を2020年に卒業したのち、中京大学経済学部に進学したという情報があります。2024年に卒業しました。
学生時代はフィールドホッケーの選手として活動。2018年11月には『兄・宇野昌磨 弟だけが知っている秘密の昌磨』という著書も出版しています。
大学卒業直後の2024年5月28日、名古屋市東区にドッグカフェ&スポーツバー「UNO cafe」をオープンしました。2025年5月には2号店「UNO CAFE くるまみち Cafe&Bar」も開店させています。
学生から一気に経営者へ——樹さんもまた、自分の店を持つ道を選んだことになります。
身長は兄よりどのくらい高い?
昌磨さんの身長は159cmです。
樹さんの身長については165cm前後とする情報もあれば168cmとする情報もあり、公式なプロフィールでの確定値は明らかにされていません。
いずれにしても、兄より高いのは間違いなさそうです。樹さんは中学3年のとき名古屋のモデル事務所に所属し、「進研ゼミ」のイメージモデルなどキッズモデルとしても活動していました。
5歳の宇野昌磨を変えた出会い――子供の頃のエピソード

出典:【宇野昌磨ヒストリー】『フィギュア大好き少年』がオリンピック2大会連続メダリストになるまで 秘蔵映像で振り返る – メ〜テレニュース
きっかけは、名古屋のスケートリンクでの一言でした。
5歳だった昌磨さんに、当時のトップスケーターだった浅田真央さんが声をかけます。
「かわいいね、スケートやりなよ!」
それまで昌磨さんは「男だったらアイスホッケーかな」と考えていたといいます。
ところが浅田さんとの出会いをきっかけに、「同じのをやりたい」と思うようになりました。
幼い昌磨さんにとって浅田さんは「一緒に遊んでくれるお姉ちゃん」という存在。成長するにつれて「すごい人」だと気づき、敬語を使うようになったとモデルプレスの取材で振り返っています。
浅田さん自身も後年、当時の昌磨さんについて「泣き虫だった」可愛らしい一面を明かしています。
宇野昌磨の家族プロフィールまとめ

出典:【大家族は楽しい毎日‼️】#uno1ワンチャンネル #宇野昌磨 #宇野樹 #いぬとの暮らし #トイプードル生活 #フィギュアスケート – Uno1ワン チャンネル宇野樹
宇野昌磨さんの家族について、判明している内容を表にまとめました。
| 続柄 | 名前 | 主な情報 |
|---|---|---|
| 祖父 | 宇野藤雄さん | 日本画家。二科展23年連続入選、カンヌ国際展グランプリ受賞 |
| 父 | 宇野宏樹さん | 名古屋でIT関連会社を経営 |
| 母 | 純子さん | 専業主婦としてスケート活動を全面サポート |
| 弟 | 宇野樹さん | 2002年生まれ、大学卒業後にドッグカフェを開業 |
| 本人 | 宇野昌磨さん | 身長159cm、5歳で浅田真央さんに声をかけられ競技を開始 |
画家の祖父、経営者の父、支える母、店を持つ弟——宇野家は各世代がそれぞれの形で自分の道を切り拓いてきた家族だと言えそうです。
弟が開いた「UNO cafe」は、現在2店舗体制で運営されています。
