天才ランナーが「まったく違う人間になりたかった」と語った理由

出典:絹川愛さんアスリートサポーター就任interview 後半 – EDUCO Co.,Ltd
高校1年生で全国高校駅伝の2区を走り、12人抜き。
「天才美少女ランナー」と称された絹川愛さんが、じつは人気コスプレイヤー「蓮弥(れんや)」として約10年間活動を続けていました。
X(旧Twitter)フォロワー2万人超の男装コスプレイヤーが、世界陸上2回出場の元日本代表だったことが2024年5月に明らかになっています。
日本歴代4位の記録を持つ、陸上界の天才

出典:【陸上界に衝撃】消えた天才・絹川愛さんが現役復帰! – やる気!元気!森脇チャンネル
絹川さんは2005年に仙台育英高校へ入学。1年生ながら全国高校駅伝の2区で12人抜きを演じ、一躍「天才美少女ランナー」として注目を集めました。
2007年には世界陸上大阪大会に10000mで出場し、32分45秒19・14位を記録。高校生で世界の舞台を経験するという、異例のキャリアスタートでした。
日本歴代4位を記録するも、世界陸上で大きな挫折
2008年にミズノへ入社。その後、原因不明のウイルス感染によるスランプを経験しながらも、2011年には大きな記録を残します。
同年の日本陸上選手権では5000mで15分09秒96(日本歴代6位)を優勝し、10000mでも31分10秒02(日本歴代4位)を達成。
しかし、同年の世界陸上大邱大会では10000mで脱水症状に見舞われ、34分08秒37・17位(最下位)。5000mも予選落ちに終わりました。
FRIDAYデジタルの取材によれば、この頃の経験が転身を考えるきっかけになったとされています。
ミズノ退社と同時にコスプレを開始した2015年

出典:絹川愛スペシャルインタビュー Kinukawa Megumi Interbiew by EDUCO – EDUCO Co.,Ltd
2015年3月、絹川さんはミズノを退社。現役続行を表明しながらも、同時期からコスプレイヤー「蓮弥」としての活動を始めます。
FRIDAYデジタルのインタビューで、コスプレを始めた動機をこう語っています。
「まったく違う人間になりたかった。陸上では自分との対話だったが、コスプレには変身願望があった」
陸上とは真逆の世界に飛び込んだ背景には、競技での行き詰まり感があったとみられます。
アキレス腱断裂で引退、それでもコスプレが「居場所」になった
2017年にはアキレス腱断裂の影響で現役を引退。
CHANTO WEBの取材では、引退後にコスプレへ没頭したことについて「追い詰められずに済んだ、自分の居場所だった」と振り返っています。
競技から離れた後に初めて、心理的な安全地帯として機能したのがコスプレだったわけです。
現在は「tribute株式会社(+C)」に所属し、男装コスプレイヤー「蓮弥」として活動を続けています。2021年・2022年にはコスプレ誌『COSPLAY MODE』のベストコスチューマーアワードを2年連続受賞するほど評価を確立しました。
2024年、自ら正体を明かした「多様性を感じた」という理由

出典:画質悪い★不思議ちゃん 絹川愛 1区 区間賞 第18回全国高校駅伝女子 2006年 – むむうらん
2024年4月、絹川さんは競技復帰を発表すると同時に、絹川愛=蓮弥であることを公表。
同年5月7日のスポーツ報知の取材で正式に正体を告白し、約10年間隠し続けていた二重生活が広く知られることになりました。
公表に踏み切った理由として、「アスリートとコスプレイヤーを両立することへの偏見を恐れていた。時代が変わり、多様性が認められるようになったと感じて公表した」と語っています。
あまり知られていないのは、蓮弥として活動しながら2018年に日本テレビ『消えた天才』に絹川愛として出演していたこと。当時は正体を伏せたままでの出演でした。
Number Webのインタビューでは「いまは手札がたくさんありますから」と語り、陸上・コスプレの二刀流に加えてアスリートサポーターも視野に入れながら「第三の人生」を歩もうとしています。
