2014年のブラジルW杯でピッチに立った選手が、2026年の北中米W杯ではフジテレビのナビゲーター席に座っていました。
元日本代表FWの柿谷曜一朗さんです。
「国籍は?」と気になって調べた方へ、先に答えを。国籍は日本です。大阪市都島区で生まれ、日の丸を背負って国際Aマッチに出場してきました。
柿谷曜一朗の国籍は日本、出身は大阪市都島区

生年月日は1990年1月3日。Wikipediaのプロフィール欄にも、国籍は「日本」と書かれています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 柿谷曜一朗(かきたに よういちろう) |
| 生年月日 | 1990年1月3日(36歳) |
| 出身地 | 大阪府大阪市都島区 |
| 国籍 | 日本 |
| 身長・体重 | 176cm・68kg |
| 日本代表成績 | 国際Aマッチ18試合5得点 |
ネット上には、海外にルーツがあるとする書き込みも一部に見られます。
ただ、それを裏付ける報道や公式情報は見つかっていません。
確かな根拠と言えるのは、生まれた場所と代表でのキャリアの2つ。どちらも「日本」を指しています。
日本代表歴が示す柿谷曜一朗の国籍

出典:【4バック化で変貌】提言…「Jリーグから半分選んで」柿谷曜一朗が語る国内組抜擢の真意と4バック移行のキーマン – FOOTBALL ZONE
サッカーの代表チームでプレーするには、その国の国籍を持っていることが前提です。柿谷さんは10代のころから、日本の代表に選ばれ続けてきました。
16歳でアジア王者、そしてMVP
2006年、セレッソ大阪のトップチームに上がったその年に、AFC U-17選手権で優勝しました。大会MVPにも選ばれています。
翌2007年はFIFA U-17ワールドカップに出場。
2013年、A代表で東アジアカップ得点王
J1で全34試合に出て21得点を挙げた2013年、A代表に初めて呼ばれました。その東アジアカップで、いきなり得点王になっています。
- 2013年:9試合4得点
- 2014年:9試合1得点
ブラジルW杯のメンバーにも
2014年のブラジルW杯にも選ばれ、途中出場で2試合に出ました。
世代別の代表からW杯まで、ずっと「日本」の選手として戦ってきたキャリアです。
海外ビッグクラブの誘いを断った柿谷曜一朗

出典:【ジーニアス】柿谷曜一朗の周りからの評価が天才すぎた… – サッカーノワダイ
16歳の柿谷さんには、レアル・マドリード、アーセナル、インテルからオファーが届いていました。
返事はすべて「断る」。理由について本人は、当時は最初から海外のクラブでプレーするイメージがなかったと説明しています。
2013年のオフにも、ドルトムント、レバークーゼン、フィオレンティーナから声がかかりました。
このときも残留を選び、「チームに移籍金を残すため」と話しています。
海外移籍が実現したのは2014年7月です。行き先はスイスのFCバーゼルで、2014-15シーズンにはリーグ優勝を経験しました。
10代で欧州に渡る道もありながら、育ててくれたクラブを先に考えた。移籍のタイミングからは、そんな優先順位が見えてきます。
大阪で育った柿谷曜一朗のルーツ
後の子育ては「任せっぱなしになってる」妻・丸高愛実がフォローも「こう見えてって何?」 『第18回ペアレンティングアワード』授賞式](https://img.youtube.com/vi/TacvWjyRK8A/hqdefault.jpg)
出典:柿谷曜一朗、現役中&引退後の子育ては「任せっぱなしになってる」妻・丸高愛実がフォローも「こう見えてって何?」 『第18回ペアレンティングアワード』授賞式 – oricon
サッカー人生のスタートは4歳。セレッソ大阪の下部組織に入ったところからです。
- 2002〜2004年:セレッソ大阪U-15
- 2005年:セレッソ大阪U-18
- 2006年:トップチームに昇格
生まれも育ちも大阪で、プロになってからもセレッソ、徳島ヴォルティス、名古屋グランパスと、ほとんどの時間を国内のクラブで過ごしました。
2013年の21得点は、森島寛晃さんの記録を塗り替えるものでした。クラブの日本人選手によるJ1シーズン最多得点(18得点)を上回ったのです。
下部組織から育った大阪のストライカーが、クラブの歴史に名前を残した瞬間でした。
引退後の柿谷曜一朗は日本代表を伝える側に

出典:【山田直輝】「初めて自信を折られた…」U15日本代表で衝撃を受けた柿谷曜一朗との出会い – 柿谷曜一朗 ドリームプロジェクト / YOICHIRO DREAM PROJECT
2026年4月3日、静岡朝日テレビ「スポーツパラダイス」のレギュラーMCに就きました。
1月から不定期でMCを務めていて、藤枝MYFCの監督になった槙野智章さんの後を継いだ形です。日刊スポーツは、地上波番組のレギュラーはこれが初めてだと伝えています。
北中米W杯のあと、7月2日には南野拓実選手との2ショットをインスタグラムに投稿したと報じられました。
選手としてW杯に出た人が、今度はW杯を伝える側で日本代表を見ています。
引退試合には歴代の「背番号8」が集結
2025年12月14日、ヨドコウ桜スタジアムで引退試合「LAST MAGIC」が開かれました。
セレッソで背番号8を着けた森島寛晃さん、清武弘嗣さん、乾貴士さん、香川真司さん。この全員が先発に並んでいます。
主役の柿谷さんは2ゴール1アシスト。ABEMAが独占で無料生中継しました。
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まとめ:柿谷曜一朗の国籍は日本

出典:【#サカろう】第75回 元日本代表・柿谷曜一朗「柿谷監督なら…右WBは堂安の一択、左は…」 – テレしず/テレビ静岡
- 国籍は日本。1990年1月3日に大阪市都島区で生まれた
- U-17アジア王者から、A代表18試合5得点、ブラジルW杯出場まで日本代表として戦った
- 海外にルーツがあるとする説には、裏付けとなる報道や公式情報がない
- 16歳での欧州ビッグクラブからのオファーを断り、2014年にバーゼルへ移籍した
- 現在は「スポーツパラダイス」のレギュラーMCを務めている
国籍を確かめたいなら、戸籍より先に試合の記録を見てください。世代別の代表からW杯まで、日の丸を着けて出場した全試合が、その答えになっています。
