サッカーのスパイクを買いに行った先で、芸能界にスカウトされた高校生がいました。
山中柔太朗、当時中学3年生。行き先は原宿・竹下通りでした。
M!LKのメンバーとして知られる山中さんですが、キャリアの原点はピッチの上にあります。5歳からおよそ10年間続けたサッカーは、栃木県選抜に選ばれるほどの実力でした。
本人のインタビューや公式発表をもとに、サッカー歴を時系列で整理します。
スパイクを買いに行った日、人生の進路が変わった

出典:山中柔太朗の歴史!衣装担当の人生で一番嬉しかった出来事とは! – M!LK
矢板中央高校からサッカー特待生としての誘いを受けていた中学3年生の山中さん。
進路を決めかねていたある日、友人とサッカーのスパイクを買うため原宿・竹下通りを訪れます。
そこで声をかけられたのが、スターダストプロモーションのスカウトでした。Wikipediaや下野新聞の報道でも、このエピソードは繰り返し紹介されています。
サッカー用品を買いに行った先が、芸能界への入り口になったわけです。
5歳で始めたサッカー、栃木県選抜まで駆け上がった歩み

出典:M!LK・山中柔太朗、“とちぎ未来大使”就任を報告「生まれ育った栃木に関われて幸せです」 – Adjutant Gladward
栃木県足利市で生まれ育った山中さんがサッカーを始めたのは5歳の頃。
以来、中学卒業までの約10年間、地元のクラブチームでプレーを続けました。
ポジションはトップ下が多かったと本人が振り返っています。
中学時代には栃木県選抜に選出。地元では知られた存在だったようです。
2022年のインタビューでは「サッカーは12年くらいやっていました」とも語っており、公式プロフィールが示す10年とは少し幅のある発言も残しています。
高校進学かサッカーか、迫られた決断
矢板中央高校は栃木県のサッカー強豪校です。
特待生としての進学が決まりかけていた中、竹下通りでのスカウトが重なりました。
サッカーを続ける道と芸能界に進む道。二つの選択肢を前に、山中さんは後者を選びます。
2018年8月28日、M!LKへの追加メンバー加入が発表されました。
今も続くフットサル、応援するのはバルセロナとペドリ

出典:M!LK・山中柔太朗 × 林陵平 優勝候補スペイン代表を徹底分析! 林陵平のフットボールゼミ#103 #山中柔太朗 – スポルティーバ
芸能界に進んでからも、サッカーへの情熱は消えていません。
2025年10月31日公開のgentenインタビューで、山中さんは「フルコートだと体力が持たないですが、フットサルなら今もたまにプレーしています」と明かしました。
応援するクラブはFCバルセロナと、地元Jクラブの栃木シティFC。
きっかけは2010年、W杯南アフリカ大会でイニエスタのゴールを見たことでした。
一番好きな選手はペドリ。少年時代のヒーローは柿谷曜一朗さんで、柿谷家とは家族ぐるみの付き合いがあると自ら明かしています。
元トップ下が選ぶ理想のイレブン
2022年7月、音楽ナタリーの連載企画で理想の日本代表イレブンを編成したことがあります。
フォーメーションは4-3-3。自分自身を例えるなら「鎌田大地に近いかもしれない」とも語っていました。
「常に視野を広く持って、周りを生かす絶妙なパスを出したい」という言葉には、トップ下でプレーしていた元選手ならではの視点がにじみます。
「サッカーに詳しくない人は発言しちゃダメみたいな風潮がある」とも述べ、ファン層の広がりを望む発言も残しています。
とちぎ未来大使就任で改めて語られたサッカー歴

出典:「M!LK」山中柔太朗さん とちぎ未来大使委嘱 栃木県 – 下野新聞チャンネル
2025年10月21日、山中さんは福田富一栃木県知事から「とちぎ未来大使」の委嘱状を受け取りました。
このとき時事通信や下野新聞が報じたプロフィールには、決まって「中学時代にサッカーの栃木県選抜」という経歴が添えられています。
同年12月には栃木県公式YouTubeの企画「#山中柔太朗のとち日和 〜とちぎのサッカー編〜」に出演。
リフティングを披露しながら、プロを目指す子どもたちへメッセージを送りました。
かつて特待生の誘いを断った土地で、今度は次世代の選手たちへ言葉を送る立場に回ったことになります。
W杯イヤーに実現した初のピッチリポート

出典:【特別企画】山中柔太朗によるW杯の楽しみ方 – M!LK
2026年に入り、サッカー歴を生かした出演が相次ぎました。
5月11日にはU-NEXTの特別企画にスペシャルゲスト出演し、解説の林陵平さんとエル・クラシコを語り合っています。
5月31日、国立競技場で行われたキリンチャレンジカップ日本対アイスランド戦。DAZN無料配信で自身初となるピッチリポートに挑戦しました。
矢部浩之さん、内田篤人さんらと共演し、試合後には「小川選手のゴールは真後ろで見ていた」と振り返っています。
サッカーダイジェストWebはこの日の様子を写真19枚で特集しました。
6月15日深夜のスペイン対カーボベルデ戦配信では、ペドリについて「デビューから見させてもらっているんですけど、もう、何でもできる選手です」と評し、守備面の変化にまで言及。
「速いスプリントしてないじゃないですか。ずっといいポジションを取り続けている」という分析には、選手経験者らしい観察眼が表れていました。
6月26日の日本対スウェーデン戦配信出演が、この一連のサッカー関連出演の締めくくりとなりました。
サッカー少年からピッチリポーターへ

出典:【M!LK新メンバー】山中柔太朗 コメント動画 – stardustdigital
5歳で始めたクラブチームのボールが、20年後には国立競技場のピッチサイドへとつながりました。
サッカー特待生の誘いを断ってM!LKを選んだ決断がなければ、この歩みは生まれていません。
スパイクを買いに行った日から10年以上が経ち、山中さんは選手としてではなく伝え手として、サッカーと関わり続けています。
