大森元貴を育てた両親の素顔、不登校時代を支えた母と子供時代のエピソード

目次

大森元貴の家族構成——3兄弟の末っ子

大森元貴さんは1996年9月14日、東京都西東京市(旧田無町)生まれ。

父・母・14歳上の長男・7歳上の次男、そして本人という5人家族で育った。

Wikipediaにも「3兄弟の末っ子」と紹介されている。

年の離れた2人の兄がいる環境が、後の音楽人生に大きく影響していく。

現在も実家で楽曲制作をすることがあるという。

大森元貴の両親

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出典:【感動秘話】 Mrs GREEN APPLE 🍏 大森元貴、母さんとの一本の電話「100%の魔法」📞 – 青いリンゴ屋さん

特別な音楽一家ではなかったというが、父と母それぞれに大森さんのルーツと言える一面があった。

父はドラムを叩く高校生だった

父親の職業は公表されていない。

高校時代、趣味でドラムを叩いていたと大森さんが語ったと伝えられている。

「特別に音楽一家というわけではないけれど、父の影響でいろんな曲に触れる機会が多かった」

大森さんはそう振り返っているという。

母はバレーボール一筋、そして「背中がそっくり」

母親は学生時代、バレーボール部のキャプテンを務めた人物だ。

卒業後も「ママさんバレー」のチームでプレーを続け、ここでもキャプテンだったという。

大森さんが幼少期から約5年ほどバレーボールに親しんだのは、この母の影響による。

2023年7月、FIVBワールドカップバレーの応援ソング決定会見でこう明かしている。

「実はバレーボールが本当に好きで、母親がバレーボールをやっていたこともあり、活動休止中もみんなでバレーボールをして身体を動かしていた」(ORICON)。

同年6月30日放送のTBS「A-Studio+」には、大森さんの母と兄が登場した。

母は後ろ姿のみの出演だったが、「後ろ姿が大森本人にそっくり」とSNSで話題になった。

血は争えない、というやつだろうか。

2017年のUta-Netインタビューでは「綺麗な大人」としてイメージする人物に母を挙げている。

「僕よりもずっといろんなことに対するアンテナが敏感」と語った。

大森元貴の子供時代

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泣いていても、玉置浩二の「田園」を聴くとぴたりと泣き止む赤ん坊だったという(Wikipedia)。

内気な性格、フラストレーションは絵に

幼稚園時代は大きなスケッチブックに、クレヨンでヒーローや風景を描いていた。

小学生になると漫画を真似て描くようになり、お小遣いでカラーマーカーや色鉛筆を買い集めた。

2025年8月21日の美術手帖のインタビューで、当時の自分をこう語っている。

「性格はどちらかというと内気で、フラストレーションを溜めがち」

その発散手段が絵だったと明かしている。

兄が聴いていたモンパチが音楽との出会い

音楽を始めるきっかけは、7歳上の次兄の影響だった。

兄はベースを弾き、MONGOL800を好んで聴いていたという。

「兄貴が家や車で流している音楽を自然に聴いていた。とくにモンパチは大好きで、僕が音楽を始めるきっかけになった」

CREAのインタビューでそう語ったと伝わっている。

小6でベースを購入、卒業式バンドで初めての作曲

小学6年生でベースを手にした大森さん。

卒業式(謝恩会)で目立ちたい一心で、同級生や先生とバンド「1733」を結成した。

ここでオリジナル曲を初めて披露している。

Billboard JAPANのインタビューでは当時の心境をこう語る。

「小学生ぐらいから鼻歌交じりで曲を作るようになった」「自分だけの誇れるものがなく、承認欲求を満たせず悶々としていた」

カクレンジャーと運動会、後の“戦友”との出会い

次兄の影響で、放送当時まだ生まれていなかった「忍者戦隊カクレンジャー」の大ファンになった。

2024年には30周年新作『第三部・中年奮闘編』にゲスト出演。

「兄の影響でずっと見ていたカクレンジャーに参加できて大変光栄」とコメントした。

さらに小学校の運動会では、幼なじみに連れられて来ていた藤ヶ谷太輔さんと出会っている。

この時の写真は、2023年放送の「A-Studio+」でも公開された。

大森元貴の親が支えた不登校の中学時代

ミセス大森元貴、不登校の中学時代を支えた存在とは?感動エピソード&葛藤を語る!

出典:ミセス大森元貴、不登校の中学時代を支えた存在とは?感動エピソード&葛藤を語る! – Japan Entertainment Studio

14歳、大森さんは教室ではなく自室で曲を作り続けていた。

中学1年から独学でDTM制作を始め、14〜15歳の頃はほとんど学校に通わなかったという。

2025年5月4日放送のフジテレビ「突然ですが占ってもいいですか?」でこう振り返っている。

「学校行かずにほぼ、ほぼ、家で曲作りしてました」「自分はやりたいこと決まってるんだからよくない?義務教育だしくらいに思っていた」(スポーツ報知)。

同級生の若井滉斗さんが家まで迎えに来ても、「行かないよ〜」と返していたという。

14歳頃には事務所にデモ音源を送り、芸能界入りを目指していた。

この時期の親の対応を、大森さんは2025年1月27日放送のTOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」「ミセスLOCKS!」で語っている。

母について「心配してましたけど相当理解があって、純粋に不安もありながらも応援してくれてた」と話した。

「母はそういった形で僕に寄り添っていてくれた気がします」と続けている。

一方、母から相談を受けた兄からは「お前はなんで学校に行っていないんだ?行きなさい!」と叱られた。

「ぶん殴られたこともあった」という。

兄、容赦ない。

それでも大森さんは曲を作り続け、兄をライブに招くなどして少しずつ理解を得ていった。

同番組では、我が子が学校を休みたがっているという保護者リスナーからの相談も寄せられた。

これに対し「今だから言えるけど『学校に行く発想になれ!』って思っています」と、当時とは異なる立場からコメントする場面もあった。

2025年5月5日のこどもの日には、大きな兜をかぶった幼少期の写真をInstagramで公開している。

「プクプクしてて可愛い」「パパママの愛が伝わる写真」といった反響が寄せられた。

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まとめ:大森元貴の両親・子供時代・親

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項目 内容
家族構成 父・母・兄(14歳上)・兄(7歳上)・本人の5人家族、3兄弟の末っ子
職業は非公表。高校時代の趣味はドラム
学生時代はバレー部キャプテン、後にママさんバレーでもキャプテン
子供時代の性格 内気で、フラストレーションを絵にぶつけていた
音楽との出会い 7歳上の兄の影響でMONGOL800を聴き、音楽に目覚めた
中学時代 14〜15歳はほぼ不登校で、家で曲作りに没頭
親の対応 母は理解を示して寄り添い、兄は厳しく叱った

不登校だった14歳が、家族の後押しを受けて曲を作り続けた先に、今のMrs. GREEN APPLEがある。

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