北京の中学校に、日本人であることを隠したまま通っていた女子生徒がいました。
覚えた中国語には、なぜか東北なまり。おかげで周囲には誰も気づかれなかったといいます。
のちに日本ペア初の世界選手権メダリストとなる高橋成美さん、13歳ごろの姿です。
出身中学を調べると、答えは1つに定まりません。中学1〜2年は北京の現地校、中学2年で日本へ帰国。そして中学3年で、偏差値76の高校を目指して塾に通い始めます。
出身中学は北京の「現地校」、選んだのは本人だった

出典:高橋成美さん#2 「宇宙一の人生!」 フィギュア引退後、走り始めて好循環【NIKKEIランナーズサロン】 – NIKKEI PODCAST 日経ポッドキャスト
朝日新聞出版のCHANTO WEBが2024年7月8日に公開したインタビューで、高橋さんは通った学校を学年ごとに挙げています。
- 小学4〜5年:北京の日本人学校
- 小学6年:インターナショナルスクール
- 中学1〜2年:中国の現地の中学校
3段階かけて「日本人向けの環境」から離れていった形です。
なぜ日本人学校ではなく現地校だったのか
きっかけはペアへの転向でした。
中学生でペアに転向し、組んだ相手は中国人。氷の上のやり取りだけなら、スケート用語で足ります。
ところが本人は物足りなかった。「練習以外でももっとコミュニケーションを取りたい」「スケート用語以外の普段の会話もきちんとしたい」。そう考えて、中国語を学ぶために現地の学校へ行きたいと両親に願い出ています。
親に決められた進路ではなく、自分で取りにいった進路。ここが高橋さんの学歴の起点になります。
効果は語学力だけにとどまりませんでした。中国語が話せるようになると、中国ナショナルチーム内で起きた揉め事や悩み事まで相談されるようになったそうです。「語学を学ぶと、相手が深くまで入ってきてくれるんだ」。この実感が、のちの7か国語につながっていきます。
そもそも中国行きを望んだのも本人でした。父の転勤先候補はアメリカと中国。9歳の高橋さんは、憧れていた申雪・趙宏博ペアと一緒に練習できるかもしれないと考え、「中国に行きたい」と両親に伝えています。
帰国後の中学校はどこ?
中学2年で日本に帰国します。理由は、うまくいかなかったからではありません。むしろ逆でした。
中国ナショナルチームに入る実力に達したがゆえに、中国国籍へ帰化するかどうかの選択を迫られたのです。国籍という重い判断が、13歳の転校理由になりました。
帰国後に通った日本の中学校としては、千葉県松戸市立新松戸北中学校の名前が挙がります。Wikipediaの「松戸市立小金中学校」のページに、著名な出身者として同校卒業の記載があるためです。同校は統廃合を経て、現在の松戸市立小金中学校にあたります。
ただし本人のインタビューや新聞・スポーツ紙で校名が語られた例は確認できず、断定はできません。
生まれは1992年1月15日、出身地は千葉県松戸市です。
帰国後の日々は穏やかではありませんでした。「確実にいじめられます」という言葉とともに、スケート場でも学校でも居場所がなかったと振り返っています。
中学3年で山田孔明さんとペアを結成しますが、当時の日本でペアが確保できる練習枠は朝2時〜5時だけ。リンク代は1時間5〜6万円、レッスン料込みで1日およそ20万円かかりました。
中学生が背負う環境としては、あまりに過酷です。
高学歴の中身は偏差値76の渋幕と慶應SFC

出典:高橋成美さん「7カ国語です」と即訂正!😳 偏差値76の難関校出身だった – 日本最新ニュース521
高橋さんの高学歴を支えているのは、渋谷教育学園幕張高等学校と慶應義塾大学総合政策学部(SFC)の2校です。
日本テレビ『しゃべくり007』(2026年3月16日放送)では、渋幕は偏差値76で千葉県1位、創立30年ながら2025年の東大合格者数で全国トップ10入りした学校として紹介されました。デイリー新潮は偏差値74と表記しており、媒体によって数値に幅があります。
受験のきっかけは父の「冗談」
1日20万円という練習費が、進路を決めました。
もう限界だという空気のなか、父が冗談交じりに言います。「渋谷教育学園幕張高校に行けたらスケートを続けていいよ」。
受け取り方が独特でした。「もうそれしかない!」。偏差値もよく分かっていないまま、中3で受験を決意します。渋幕に行かないとスケートができない、という理解だったそうです。
番組でも本人が経緯を説明しています。当時はスケートの状態がよくなく、勉強を頑張れなければスケートも続けさせてもらえない。だから難関校を目標に置いた、と。
合格までにかけた勉強は3か月
準備期間は、塾に通ったわずか3か月。
本人いわく「勉強がすごくできるというわけではなかった」。数学は2次関数のあたりでヒーヒー言っていたと明かしています。
それが本番では、塾で習った内容がたまたま出題される。「あれ?これ、塾の教科書?」という感覚のまま解き切って、合格をつかみました。
この短期決戦を裏づけるのが母親の証言です。オリコンの取材には「スケート第一優先だったので、勉強に十分な時間が取れなかったけど、短い時間で覚える集中力がすごい子でした」と答えています。試験前になると「今から集中するね、話しかけないでね」と宣言し、空いた3時間ほどで結果を出すタイプだったとも。
入学後の生活は、スケート5時間・勉強5時間。「いろんなことを同時にやるのが得意」と本人は言い切ります。
校風との相性もよかった。渋幕が掲げるのは「自調自考」で、校則はほぼ決められていません。髪を染めてもネイルをしてもよく、チャイムに頼らず自分で時計を見て動く。自分で決めて進んできた人には、しっくりくる環境だったはずです。
高2ではカナダの高校へ転校します。高1の夏、コーチのリチャード・ゴーティエ氏にメールでトライアウトを直訴し、マービン・トランさんとペアを組んだのが転機でした。
語学は7か国語、数字は本人が訂正
大学は慶應SFC。カナダで競技を続けながら受験に挑んでいます。
話せるのは日本語・英語・中国語・韓国語・ロシア語・スペイン語・フランス語の7か国語。習得の内訳がまた面白い。
- 日本語・英語・中国語:暮らしていた場所で日常的に使っていた
- スペイン語:インターナショナルスクールの第2言語
- フランス語:カナダ・ケベック州にいたため
- 韓国語・ロシア語:大学で履修(ロシアはフィギュアが強いから)
語学に関しては、テレビ東京『その情報、訂正させてください』(2026年8月31日深夜放送)での発言が印象的でした。
「最大7カ国語しゃべることができるんですけど、11カ国っていうのがよく…」。盛られた数字を、本人が公開の場で下方修正したのです。
日刊スポーツが伝えたところでは、韓国語・ロシア語・スペイン語・フランス語は学校で習ったもので「抜けていっちゃったりしてて、今、すごく自信がないです」とも話しています。「8とかいう絶妙な間違い方もある」という一言つき。
ネット上で数字が育っていくのを、自分で刈り込む。学歴や語学を盛られる側の対応としては、かなり珍しい部類です。
学歴より目立つ「勉強し続ける人」の顔

出典:高橋成美のなにそれ。。オリンピック選手ってそんなにすごいの?細い体で体幹強すぎ!!高橋成美 – うたラン/ UtaRun SUI
読書の原点は小学2年生でした。星新一を読んで以来ずっと本ばかり読んでいた、とオリコンの取材に答えています。
その延長線上にあるのが、2023年11月10日放送の日本テレビ『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』2時間SPです。
“アスリート界初のクイズ王”を目指しての再挑戦。多い日で1日約11時間を勉強に充て、小4〜6のドリルを全教科こなし、スマホの代わりに国旗カードを握り、対策として動物園に6回、美術館に7回足を運びました。
結果は、1問目で敗退。平家物語の冒頭「祇園精舎の鐘の【?】」で「音」を選んでしまいます。
「ウソでしょ?」を連発したあと、最後は「絶対戻ってくるぞ!絶対クイズ王になるんだ」と絶叫。慶應卒の肩書きは、この場面でまったく助けてくれませんでした。
引退は2018年3月。翌2019年5月にはアイスホッケーへ転向し、昭和大学のクラブチーム「ブルーウィンズ」の一員になります。2020年7月には松竹芸能へ入所、2023年には日本オリンピック委員会評議員にも就任しました。
学校を出たあとも、種目も肩書きも増え続けているわけです。
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まとめ

出典:高橋成美が極めたい「ボウリング」 8月に出会い「どんどんどんどん知っていきたい」【グッド!モーニング】(2026年9月3日) – ANNnewsCH
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出身中学(中1〜2年) | 中国・北京の現地の中学校(本人の希望で進学) |
| 帰国後の中学校 | 千葉県松戸市立新松戸北中学校とされる(本人の言及は確認できず) |
| 帰国した理由 | 中国国籍への帰化を選ぶか迫られたため |
| 高校 | 渋谷教育学園幕張高等学校(偏差値76・千葉県1位)→高2でカナダへ転校 |
| 大学 | 慶應義塾大学総合政策学部(SFC) |
| 語学 | 7か国語(2026年8月31日に本人が数を訂正) |
| 生年月日・出身地 | 1992年1月15日・千葉県松戸市 |
高学歴という一語でまとめられがちですが、北京の現地校も渋幕も、選んだ理由は同じでした。スケートを続けるため。パートナーと本音で話すため。
目的が先にあって、学校はその手段として選ばれている。りくりゅうペアの演技を「宇宙一の演技」と言い切った解説の言葉選びも、7か国語を行き来してきた人の語彙だと考えると腑に落ちます。
