雨の日が待ち遠しかった中学生がいました。
理由は単純です。
サッカー部の練習が、雨の日だけ軽くなったから。
俳優・綱啓永さんが地元船橋市のインタビューで明かした、学生時代の本音です。
出身中学から小学校時代の転校、そして高校・大学への道のりまで、船橋市公式サイトの取材をもとにたどります。
綱啓永の小学校時代

出典:【#今旬コレクション】綱啓永が7秒で質問に答えます!「7seconds CHALLENGE」 – TVLIFE
綱啓永さんは1998年12月24日、千葉県船橋市生まれ。
入学したのは船橋市立西海神小学校でした。
ところが3年生のとき、船橋市立芝山西小学校へ転校し、そのまま卒業しています。
この転校の経緯は、船橋市公式サイト「FUNABASHI Style」のインタビューで本人が語った内容です。Wikipediaの学歴欄には卒業校である芝山西小学校のみ記載されていますが、実際は2校を経験しています。
転校の具体的な理由までは語られていません。ただ、小学校時代のうちに校区をまたぐ転居や環境の変化を経験したこと自体が、船橋という一つの街の中で完結する学生生活の始まりだった点は見逃せません。
「静かだった」と振り返る少年時代
本人いわく「静かだったと思います」。
勉強もスポーツもできる友人を、当時から尊敬の目で見ていました。
自分から前に出るタイプではなかった、という自己評価です。
この性格は、中学入学後に一変します。
綱啓永の出身中学は船橋市立芝山中学校
進学先は船橋市立芝山中学校でした。
在籍したのはおよそ2011年から2014年ごろ。所属したサッカー部について、本人は迷わず「厳しかった」と口にします。
雨の日が好きになった理由
雨が降ると、練習は中止か筋トレに切り替わる。
だから雨の日が好きになった、と綱さんは明かしています。
部活の厳しさが、天候の好みまで変えてしまったわけです。晴れの日を待ち望むのが普通の感覚だとすれば、これはずいぶん逆転した発想といえます。
厳しかった顧問への感謝
当時は苦しかった指導も、今では受け止め方が違います。
「自分のためを思ってくれていた」。顧問についてそう感謝を語っています。
中学時代のサッカー部仲間とは、現在も連絡を取り合う関係が続いています。10年以上前の部活仲間と今も交流があるという事実は、単なる部活動以上の絆があったことを物語ります。
中学時代が原点になった「夢中になった経験」

出典:【合鍵いる?】綱啓永が甘い言葉を笑わずに言えるか挑戦したら、ガチ照れした♡ 【胸キュンASMR】 – CanCam
静かな少年を変えたのは、部活の仲間でした。
サッカー部には陽気なメンバーが多く、そこで「はっちゃけることの楽しさ」を知ったといいます。人の笑顔が好きだと感じるようになったのも、この時期です。
俳優インタビューサイト「my HERO」に掲載された取材では、「サッカー部に所属していた中学時代くらいしか、何かに夢中になったり、努力したりということがなかった」と振り返っています。
芝山中学校での3年間が、今につながる原点になっている格好です。役者として人前に立つ仕事を選んだ背景にも、この時期に覚えた「人の笑顔が好き」という感覚が影響していると見ることができます。
静かだった小学生が、中学のサッカー部を経て人前に立つ仕事を選ぶ――この振れ幅の大きさこそ、綱啓永さんの学生時代を語るうえで欠かせないポイントです。
中学卒業後の進路 — 高校から俳優デビューまで

出典:若手俳優の注目株・綱啓永、憧れの月9ドラマデビューへの想いを吐露 – DeviewOfficial
芝山中学校卒業後、綱啓永さんは千葉県立船橋芝山高等学校へ進学します。
中学では部活一色だった生活から一転、高校では部活動に入らず、友人と過ごす時間を優先しました。
児童ホーム通いが日課だった高校時代
新高根児童ホームに「100回くらい行った」というほどの通い詰めぶり。
漫画を読んだり、ドッジボールをしたり、卓球で盛り上がったり。友人との交流の場としては、船橋市山手の温浴施設「湯楽の里」の名前も挙げています。
中学までサッカー部で汗を流していた生活から、高校では地域の施設で友人と過ごす生活へ。同じ船橋の中でも、過ごし方が大きく変わっているのが分かります。
大学進学とグランプリ受賞
高校卒業後は日本大学生産工学部環境安全工学科に進学。
大学1年生だった2017年、第30回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募し、コンテスト史上初となる敗者復活からのグランプリを受賞しました。
小学校から大学まで、ほぼ一貫して千葉県内で学んだ経歴を経ての受賞です。芸能界でも、地元を離れずに学生時代を過ごしてからデビューに至る例は決して多数派ではありません。
船橋市公式サイトが伝える地元との結びつき

出典:【独占】綱啓永、胸に響くファンへの想い「頑張った意味を教えてくれる」 – フィールドキャスター
綱啓永さんは、船橋市公式サイトの「船橋ゆかりの著名人」ページにも名を連ねています。
単独インタビューを受けるほど、地元への結びつきは強いといえます。
小学校、中学校と船橋市内で学び、高校もそのまま船橋の学校に進んだ経歴が、この結びつきを支えています。芸能人が出身地のインタビューに応じるケース自体は珍しくありませんが、転校の経緯や部活の裏話まで具体的に語っている点は、この取材ならではの情報です。
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まとめ:綱啓永の学歴一覧
小学校の転校から大学でのグランプリ受賞まで、船橋市内でつながる学生生活を一覧にまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 小学校 | 船橋市立西海神小学校に入学→3年生で船橋市立芝山西小学校に転校・卒業 |
| 出身中学 | 船橋市立芝山中学校(サッカー部所属) |
| 高校 | 千葉県立船橋芝山高等学校 |
| 大学 | 日本大学生産工学部環境安全工学科 |
船橋市立西海神小学校から芝山西小学校への転校、そして芝山中学校のサッカー部――地元船橋での日々が、俳優・綱啓永さんの原点になっています。
