「50年の看板」を来年2月に下ろす

出典:「50年の看板を下ろす」仲代達矢さんが築いた無名塾に大きな節目 – Japan Tokyo Media
月謝900円さえ払えなかった若者が、月謝無料の私塾を作りました。
その塾が、来年2月に幕を閉じます。
俳優養成所「無名塾」が2026年9月8日、公式サイトで解散を発表しました。
2027年2月末日をもって、50年の歴史に幕を下ろします。
創設者は俳優の仲代達矢さん。無名塾は仲代さんと妻・宮崎恭子さんが1975年3月、東京・世田谷の自宅稽古場で始めた私塾です。
公式サイトの発表文には「仲代達矢・宮崎恭子と共に歩んで参りました無名塾50年の看板を、2027年2月末日を以って下ろすはこびとなりました」と記されています。
死去から10か月、遺言に沿った決断

出典:仲代達矢さんの遺志を継いだ「無名塾」が解散へ…50年の軌跡に終止符「突然のことで – Tokyo Facts News
仲代さんは2025年11月8日、肺炎のため92歳で亡くなりました。
発表はその10か月後のことです。
公式サイトは解散理由について「私どもが置かれるであろう状況を見越し、遺してくれた言葉の真意に従いまして」と説明しています。
無名塾所属の俳優・本郷弦さんはXで「師 仲代達矢の遺言に沿ったものです」と投稿しました。
突然の死去を受け、塾の存続をめぐる葛藤があったことがうかがえます。
仲代さん自身は生前、後を託す言葉を残していたようです。
「演劇界の東大」と呼ばれた養成所

月謝無料、修業は週6日
無名塾は1977年から塾生の公募を始めました。
月謝・入学金は無料、養成期間は3年。1年目の適性判定を経て、プロ性が認められた塾生だけが2年延長できる仕組みです。
修業中はアルバイト禁止、週6日の稽古が課されました。
仲代さんは自身の下積み時代に「月謝900円が払えなかった」経験から、役者の卵に月謝は取らないと決めていたといいます。
応募倍率は最大200倍
1980年代には応募者が1000人を超え、東京新聞は「演劇界の東大」と表現しました。
倍率は約30倍、記録によっては200倍に達したとの記述もあります。
卒業生は100人以上。役所広司さん、若村麻由美さん、真木よう子さん、滝藤賢一さんらを輩出しています。
能登との40年、解散までの公演

出典:仲代達矢さんが愛した能登演劇堂で『偲ぶ会』舞台には笑顔の仲代さんと共に赤い花の“レッドカーペット” (2026年3月9日) – 石川テレビ公式チャンネル
無名塾は1985年から、石川県七尾市中島町(旧・中島町)で合宿を重ねてきました。
1995年開館の能登演劇堂では、仲代さんが初代名誉館長を務めています。
2024年1月の能登半島地震では、塾生がボランティア活動に参加しました。
仲代さんは能登を「第二の故郷以上。かけがえのない場所」と語っていたそうです。
解散までの間、仲代さんが生前に立ち上げた公演は予定通り実施されます。
10月31日から11月3日に能登演劇堂で「わが町」、11月18日・19日に東京・かめありリリオホールで同作品を上演します。
12月には「等伯」の神奈川公演、2027年2月には近畿公演が控えています。
七尾市長の茶谷義隆さんは北國新聞の取材に「驚きとともに、一つの大きな時代の節目を感じている」とコメントしました。
能登公演の「わが町」は、能登での最後の舞台になる見通しです。
