ジョイマンの出身中学は横浜市立谷本中学校

出典:ジョイマン【ネタ】な、なんだこいつ〜!!【よしもと若手祭り】 – フィールドキャスター
早稲田大学に3年在籍して、取得した単位はたったの2つ。
科目名は「バスケットボール」でした。
お笑いコンビ・ジョイマンの高木晋哉さんが、早稲田大学公式サイト「早稲田ウィークリー」のインタビューで明かしたエピソードです。
相方の池谷和志さんとの出会いは、大学よりずっと前にさかのぼります。
2人の出身中学は、神奈川県横浜市青葉区にある横浜市立谷本中学校。
Wikipediaによれば、高木さんと池谷さんは中学の同級生で、バスケットボール部の同期でした。
高木さんの出身地は同じ青葉区の青葉台。地元が近く、幼なじみに近い間柄だったとわかります。
同級生に秦基博、芸人の道を後押しされる
同じ谷本中学校の同級生に、シンガーソングライターの秦基博さんがいます。
早稲田ウィークリーによると、高木さんは秦さんから「一緒にお笑いやりなよ」と背中を押され、芸人の道を決意しました。
音楽の道に進んだ同級生と、お笑いの道に進んだ同級生。
中学時代の交友関係が、後のジョイマン結成に間接的につながっていました。
池谷は中学卒業後に高校を中退
池谷さんは中学卒業後、日本体育大学荏原高等学校に進学したものの中退しています。
その後2人は成人式で再会。
池谷さんが「吉本興業の養成所(NSC)に行ってみたい」と話したことがきっかけとなり、2003年にジョイマンを結成しました。
タレントデータバンクによると、2人ともNSC東京校の卒業生です。
中学の部活仲間が、20歳を過ぎてお笑いコンビとして再出発した形です。
ジョイマン高木晋哉の学歴 中学から早稲田大学中退まで

出典:実は高学歴なジョイマン・高木、エリート街道から外れる人の3大特徴を解説 The News Today – The News Today
高木さんの学歴は、中学までは池谷さんと同じ道をたどります。
その先で大きく分かれます。
高校は桐蔭学園高等学校
高木さんは横浜市立谷本中学校を卒業後、桐蔭学園高等学校に進学しました。
神奈川県の私立進学校で、部活動から進学実績まで幅広い実績を持つ学校です。
偏差値65前後の学校として紹介されることが多く、中学時代の部活仲間だった池谷さんとは対照的に、進学校ルートを歩んでいました。
早稲田大学教育学部に入学、取得単位はまさかの2つ
高校卒業後は一浪の末、早稲田大学教育学部国語国文学科に合格しました。
ここまでは順調な進学ルートです。
ところが早稲田ウィークリーのインタビューで、高木さんは衝撃の事実を明かしています。
3年間在籍して取得した単位は、「バスケットボール」の2単位のみ。
本人いわく「入学した途端に燃え尽き症候群になってしまった」とのこと。
実家暮らしで大学をサボっていることが親にばれないよう、毎日のように早稲田の中央図書館にこもっていたといいます。
図書館内のAVルームでは、デヴィッド・リンチ監督のドラマ『ツイン・ピークス』を全話鑑賞していたと振り返っています。
在学当時、キャンパスでは小島よしおさんが所属していたお笑いサークル「WAGE」の人気が高かったといいます。
高木さんはお笑いに憧れながらも、自分から一歩を踏み出せず悶々としていたと語っています。
早稲田時代の思い出について本人は「正直、思い出したくもない」とバッサリ。
唯一の良い思い出は、当時同じ早稲田に在籍していた広末涼子さんを一度見かけたことだけ、と明かしています。
中退の裏側 父親と数年間の勘当状態
高木さんは3年在籍したのち、大学を中退しています。
「今までの生活を全部捨てたい、リセットしたいという衝動に突き動かされた」というのが、本人が語る中退の動機です。
驚くのはその手続き方法です。
親に一言も相談せず、退学届を提出したといいます。
事後報告を受けた父親は激怒し、高木さんを殴りました。
以後、数年にわたり勘当状態が続いたと早稲田ウィークリーは伝えています。
関係が改善したのは、高木さんがテレビに出演するようになってから。
長い時間をかけて、親子の溝が埋まっていきました。
一浪してまで難関学部に合格した学生が、単位をほぼ捨てて中退する。
このギャップの大きさが、後年ネタとして繰り返し取り上げられる理由といえそうです。
なお、この経歴はお笑いナタリーで「ジョイマン高木の役に立たない学歴」として、トーク番組内のネタとして取り上げられました。
名門大学中退という経歴が、今では自虐ネタとして活用されています。
ジョイマンの学歴まとめ

ジョイマン2人の学歴を整理すると、次のようになります。
| 項目 | 高木晋哉 | 池谷和志 |
|---|---|---|
| 出身中学 | 横浜市立谷本中学校 | 横浜市立谷本中学校 |
| 高校 | 桐蔭学園高等学校 | 日本体育大学荏原高等学校(中退) |
| 大学 | 早稲田大学教育学部(中退) | – |
| 養成所 | NSC東京校 | NSC東京校 |
中学の部活仲間だった2人が、それぞれ別の高校に進み、成人式での再会をきっかけにコンビを結成しました。
高木さんの早稲田中退は、単位数のインパクトだけではありません。
父親との数年間の勘当という重い代償を伴っていました。
テレビ出演を機に関係が修復されたエピソードまで含めて、学歴ネタとして語られる背景には、こうした紆余曲折があります。
早稲田で得た単位はわずか2つ。その中退エピソードごと、いまでは自虐ネタとして高木さんの財産になっています。
