村重杏奈の中学校まとめ|福岡転校の理由と地元・山口時代を徹底調査

13歳の中学1年生が、親元を離れて福岡で一人暮らしを始めました。

HKT48のオーディションに合格した村重杏奈さんです。

地元・山口県の公立中学校から福岡市内の中学校へ転校し、そこから今につながる芸能人生が始まりました。転校先の校名は今も公表されていません。

村重杏奈さんの中学校がどこだったのか、山口時代と福岡時代、それぞれの学校生活を整理します。

目次

村重杏奈の中学校は山口と福岡、2校にまたがる

「呼吸する時間がないくらい忙しい」村重杏奈さんに“山口ふるさと大使”を委嘱「山口の知識を1番持つタレントに」

出典:「呼吸する時間がないくらい忙しい」村重杏奈さんに“山口ふるさと大使”を委嘱「山口の知識を1番持つタレントに」 – tys NEWS DIG Powered by JNN

村重杏奈さんが通っていた中学校は1つではありません。

入学したのは山口県、転校したのは福岡県。理由はHKT48合格でした。

地元は山口県和木町の和木中学校

入学したのは、山口県玖珂郡和木町にある和木町立和木中学校です。

出身小学校も同じ和木町の和木小学校で、公文式に通い現代文を得意にしていました。

中学では吹奏楽部に所属し、担当楽器はフルート。自宅ではロシア人の母親とロシア語で会話する環境で育ちました(Wikipedia)。

転校が決まったとき、当時の先生から「有名になって帰ってきてほしい」と声をかけられたと伝えられています。

福岡市内の中学校へ転校、校名は非公表

中学1年生だった2011年7月10日、13歳でHKT48第1期生オーディションに合格します。

活動拠点は福岡市。地元の中学校を離れ、福岡市内の中学校へ転校することになりました。

転校先の中学校名は公表されておらず、詳細は分かっていません。

合格から3カ月半後の10月23日、西武ドームでお披露目。11月26日にはHKT48劇場でデビューしています。中学2年に上がる前に、生活の拠点そのものが変わったことになります。

福岡の中学校生活は「絵に描いたような転校生」から始まった

村重杏奈 13歳HKT合格で福岡へ「絵に描いたような転校生アイドル」期待も前途多難な学生生活

出典:村重杏奈 13歳HKT合格で福岡へ「絵に描いたような転校生アイドル」期待も前途多難な学生生活 – wpj786news

2026年3月14日放送の日本テレビ「Google Pixel presents ANOTHER SKY」で、村重さんは福岡・博多を訪れ、中学時代の友人たちと居酒屋で再会しました。

番組内でスポニチアネックスが伝えたところによると、村重さんは「6歳までロシア、13歳まで山口、HKT加入後23歳まで福岡」で過ごしたと振り返っています。

転校当初、ハーフであることが珍しく校内がざわついたといい、「絵に描いたような転校生アイドル」状態だったと語りました。

ところがデビュー直後は多忙で早退が続き、次第に「いじられる」ことが増えていったといいます。

「アイドルというステータスだけで友達ができると思っていた」。しかし現実は違い、人との接し方が分からなかったと明かしています。

13歳からの一人暮らしを父が支えた、往復10時間の送迎

「パパは仕事を3つ掛け持ちして往復10時間車で送迎してくれた」中学時代から一人暮らしをした村重杏奈(26)の下積み時代「めっちゃ不安でした…」

出典:「パパは仕事を3つ掛け持ちして往復10時間車で送迎してくれた」中学時代から一人暮らしをした村重杏奈(26)の下積み時代「めっちゃ不安でした…」 – 日本語ニュース

福岡での中学生活は、実質的に一人暮らしでした。

「めっちゃ不安でした」。村重さんは13歳で親元を離れた当時をこう振り返っています。

週末になると、両親や祖父、妹たちが車で様子を見に来ていました。高速道路を使えば片道3時間、使わなければ片道7時間かかったといいます(文春オンライン)。

父親は米軍基地の給油担当として朝8時から夕方まで働き、夜は線路工事用資材の運搬、さらに単発の臨時仕事もこなす3足のわらじを履いていました。それでも往復10時間の送迎を続けたといいます。

Rayのインタビューでは、HKT48のオーディション情報を見つけて応募したのも父親だったと語られています。娘の可能性に賭けた父の行動が、福岡での中学生活の出発点になっていました。

中学卒業後の進路、通信制高校で迎えた卒業危機

ロシアとのハーフでうれしげ!村重杏奈

出典:ロシアとのハーフでうれしげ!村重杏奈 – Yoshiyuki Kudou

中学2年の時期には、女優として「マジすか学園3」に出演し、「R-1ぐらんぷり」にも挑戦しています(2回戦敗退)。

中学卒業後に進んだのは、福岡県の第一薬科大学付属高校の通信制課程でした。

勉強は得意な方ではなく、高校3年生では単位不足による卒業危機に直面します。それでも最後の3日間で集中的に学習し、追試で80点以上を取って卒業にこぎ着けました。

CHANTO WEBが伝えたところでは、SNS上で「不人気」と書かれて実家に逃げ帰るほど追い詰められた時期もあったといいます。立ち直るきっかけになったのは、父親の叱咤だったそうです。

放送では福岡・宗像にあるロシア風の施設も訪れ、サウナや伝統料理を体験しています。放送後、TVer公式Xでは「福岡を地元って言ってるのが嬉しい」といったファンの反応が紹介されました。

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まとめ

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出典:【元気になりたい人見て】日本一明るい女・村重杏奈の笑いの止まらない3分間 – ViVi channel

項目 内容
出身小学校 山口県和木町立和木小学校
中学校(山口) 和木町立和木中学校
中学校(福岡) 校名非公表
転校のきっかけ 2011年7月10日、HKT48第1期生オーディション合格
中学時代の部活 吹奏楽部(フルート)
高校 第一薬科大学付属高校 通信制課程

山口と福岡、2つの故郷を行き来した中学時代が、今の村重さんの原点になっています。

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