柿谷曜一朗の小学校時代

大阪市立都島小学校――ここが柿谷曜一朗の学びのスタート地点だ。
同校が公開する出身者欄には、「柿谷曜一朗・サッカー選手」の名前がはっきりと記されている。
サッカーを始めたのは4歳、1994年のこと。
セレッソ大阪傘下のスクールに入団した。
小学生になるとU-12(2000〜2001年)でプレーしている。
きっかけは小学1年生の時。
「セレッソ大阪対東京ヴェルディ」を観戦し、プロサッカー選手を志したという。
数年後、その舞台に自ら立つことになる。
柿谷曜一朗の出身中学は?セレッソ大阪U-15で「天才」評

出典:【ジーニアス】柿谷曜一朗の周りからの評価が天才すぎた… – サッカーノワダイ
中学時代の柿谷は、教室よりピッチにいる時間の方が濃かったかもしれない。
2002年から2004年にかけて、セレッソ大阪U-15に所属している。
中学2年の時点で早くもU-18チームの練習に招集され、「天才」と評されていた。
出身中学の校名については、報道や公式プロフィールで明言した情報は見当たらない。
大阪市立都島小学校の学区進学先である大阪市立都島中学校が候補に挙がることはある。
ただし、これは学区からの推測であり、確定情報ではない。
出身中学は非公表、というのが現時点での実情だ。
柿谷曜一朗の出身校(高校)|追手門学院大手前からウィザスへ

出典:【公式】平山相太&柿谷曜一朗が初共演!高校・ユース・大学、ベストなプロへのルートは!?|FOOTxBRAIN+ #718 – FOOT×BRAIN+
高校時代の柿谷には、転校という大きな転機があった。
追手門学院大手前高等学校で最年少プロ契約
在学中の2006年、柿谷はセレッソ大阪とトップチーム契約を結ぶ。
当時16歳、クラブ史上最年少でのプロ契約だった。
高校生でありながらプロサッカー選手という二足のわらじを履くことになる。
ウィザス高等学校(現・第一学院高等学校高萩本校)へ転校
その後、柿谷はC大阪と業務提携していたウィザス高等学校に転校している。
プロ活動と学業を両立しやすい環境だったとされる。
同校の現在の名称は、第一学院高等学校高萩本校だ。
柿谷曜一朗の大学は明治大学ではなく早稲田大学

検索すると「柿谷曜一朗 明治大学」という組み合わせがよく出てくる。
だが、権威あるメディアの情報を確認する限り、柿谷と明治大学を結びつける事実は存在しない。
彼が実際に籍を置いたのは早稲田大学、それも通信教育課程だ。
2008年、「早稲田大学人間科学部eスクール」に合格している。
eスクールはインターネットを使った通信制のコース。
Jリーガーとして試合や遠征をこなしながら学べる仕組みになっている。
プロの現場と学業、どちらも手放さなかった選択と言える。
セレッソ一筋の生い立ちが、学歴の背景にある

出典:【完全保存版 プレー集】比類なきファンタジスタ 柿谷曜一朗のゴール、パス、トラップ…総まとめ – Jリーグ公式チャンネル
柿谷の学びの道のりを振り返ると、一貫して「セレッソ大阪」という軸が見えてくる。
4歳でスクールに入り、U-12、U-15と育成年代を駆け上がった。
2005年にはU-16日本代表に初選出されている。
通う学校は変わっても、育成組織だけは変わらなかった。
この積み重ねが、2014年FIFAワールドカップ日本代表という結果につながっている。
現役最後のユニフォームは、徳島ヴォルティスで着ることになった。
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まとめ|柿谷曜一朗の学歴一覧

出典:【100の質問】柿谷曜一朗のプロ人生・最大の転機・意外な素顔とは? – 柿谷曜一朗 ドリームプロジェクト / YOICHIRO DREAM PROJECT
| 段階 | 学校名 |
|---|---|
| 小学校 | 大阪市立都島小学校 |
| 中学(年代) | セレッソ大阪U-15/校名は非公表 |
| 高校 | 追手門学院大手前高等学校→ウィザス高等学校(現・第一学院高等学校高萩本校) |
| 大学 | 早稲田大学人間科学部eスクール(通信、2008年合格) |
「明治大学」ではなく早稲田大学の通信課程――この事実は、柿谷が現役選手として学び続けた証でもある。
2008年の合格から数えて2026年で18年。
プロと学業、どちらも手放さなかった18年間の記録でもある。
