ピーボ・ブライソンさんが75歳で死去 脳卒中の合併症

出典:「美女と野獣」「ホール・ニュー・ワールド」を歌ったピーボ・ブライソンさん、75歳で死去 – ABC7
『美女と野獣』のあの主題歌を歌った声が、永遠に止まりました。
アメリカのソウル/R&B歌手、ピーボ・ブライソンさんが2026年6月2日(現地時間)に死去しました。75歳でした。
VarietyやTHR Japanの報道によると、亡くなったのはジョージア州マリエッタの病院。脳卒中による合併症が原因とされています。
注目したいのは、その経緯です。
家族が脳卒中で倒れたことを発表したのが6月1日。そのわずか3日後となる6月2日午後5時(東部時間)に、家族に見守られながら旅立ちました。
倒れてから別れまでが、あまりに早かった。
家族は声明で「家族と最も近しい人々の愛に包まれ、安らかに旅立った」と、その最期を表現しています。
ディズニー映画の主題歌でグラミー賞を2度受賞

ブライソンさんの名を世界に知らしめたのは、ディズニー映画の主題歌でした。
グラミー賞の受賞は2回。どちらも誰もが知るあの名曲です。
- 1993年:セリーヌ・ディオンとのデュエット「Beauty and the Beast(美女と野獣)」で最優秀ポップ・デュオ/グループ・ヴォーカル・パフォーマンス賞
- 1994年:レジーナ・ベルとのデュエット「A Whole New World(ホール・ニュー・ワールド)」で同賞
『美女と野獣』と『アラジン』。
ディズニー黄金期を代表する2作の主題歌を、2年連続でグラミーに導いた歌手なんです。
スポーツ報知も、この2度の受賞を訃報の中心に据えて報じています。
その武器は、豊かなバリトン・ボイス。
Paradeによると、ブライソンさんは数々の女性ボーカリストとのデュエットで名を馳せた歌手でした。相手の声を引き立てながら、自分の存在感もしっかり残す。その絶妙なバランスが持ち味でした。
50年を超えるキャリアと数々のデュエット
ブライソンさんのキャリアは、グラミーの2曲だけでは語りきれません。
本名はロバート・ピーポ・ブライソン。1951年4月13日、サウスカロライナ州グリーンビルの生まれです。
Varietyによると、キャリアのスタートは1960年代後半。モーゼス・ディラードのツアー・バンドに参加したのが始まりでした。
そこからの歩みを、ざっと振り返ります。
- 1976年:アトランタのインディーレーベルから初のソロアルバム『Peabo』を発表
- 1977年:名門Capitol Recordsと契約
- 1983年:ロバータ・フラックとデュエットアルバム『Born to Love』を録音
- 1984年:「If Ever You’re in My Arms Again」が自身初のポップ・トップ10ヒット
- 2018年:最新スタジオアルバム『Stand for Love』をリリース
発表したスタジオアルバムは約20作。活動期間は50年(5 decades)を超えました。
デュエットの相手も豪華です。セリーヌ・ディオン、レジーナ・ベル、ロバータ・フラック、アンジェラ・ボフィル…。
名だたるディーバたちが、こぞって彼との共演を選んだわけです。
意外と知られていない事実とこれから

出典:ピーボ・ブライソン、75歳で死去 – Naked Departure – The Trilogy Series
映画音楽の印象が強いブライソンさんですが、テレビの世界にも声を残しています。
Varietyによると、1985年には昼ドラ『One Life to Live』のテーマ曲にボーカルを提供。
しかもこのテーマ、その後7年間にわたって使われ続けました。
アメリカの家庭では、ドラマのオープニングで毎日のようにブライソンさんの歌声が流れていた。映画もテレビも、その声が日常に溶け込んでいたんです。
遺されたのは、妻のタニャ・ボナフェイス・ブライソンさん、息子のロバートさん、娘のリンダさん、そして3人の孫です。
家族の声明には、こんな言葉が添えられていました。
「世界中のファンや友人、同僚から寄せられた愛と祈りに深く感謝しています」
『美女と野獣』も『アラジン』も、これからも世代を超えて愛され続ける作品です。
その主題歌が流れるたびに、ピーボ・ブライソンさんの歌声は、これからも私たちのそばに残り続けます。
