第4ゲーム1-11から、3ゲーム連取でひっくり返した

出典:卓球男子団体、日本が中国を撃破し60年ぶり金メダル!張本智和が2勝の活躍、44年ぶりの決勝で悲願達成【アジア大会】|TBS NEWS DIG – TBS NEWS DIG Powered by JNN
スコアボードには「1-11」。
ゲームカウントも1-3で、中国ペアに王手をかけられていました。
この絶体絶命の状況から勝ち上がったのが、張本智和選手(23歳)と篠塚大登選手(22歳)です。
愛知・名古屋アジア大会の卓球男子ダブルス準決勝(9月27日)で、温瑞博・向鵬組に4-3の逆転勝ちを収めました。
ゲームごとのスコア
デイリースポーツと日刊スポーツの報道によるスコアは次のとおりです。
- 第1ゲーム:9-11
- 第2ゲーム:6-11
- 第3ゲーム:11-9
- 第4ゲーム:1-11
- 第5ゲーム:12-10
- 第6ゲーム:11-7
- 第7ゲーム:11-4
転機は第5ゲームのデュース
THE ANSWERによると、第4ゲームは大差で中国ペアが王手をかけました。
それでも第5ゲームは9-9からのデュースを12-10で制し、デイリースポーツやTHE DIGESTは、ここから流れが変わったと伝えています。
最終第7ゲームは11-4。終盤は6連続得点でした。
日刊スポーツは、張本選手が試合中に「チョレイ!」と声を出して自分を鼓舞していたと報じています。
勝利の瞬間は両手を突き上げて叫び、篠塚選手と抱き合ったそうです(THE ANSWER)。
44年ぶりの決勝、過去の優勝ペアと並べてみる

出典:歴史的快挙】張本智和・篠塚大登組、中国ペアを4-3で逆転撃破!44年ぶりアジア大会卓球男子ダブルス決勝進出 – Samurai Legacy TV
日本男子のこの種目の決勝進出は、1982年ニューデリー大会で金メダルの阿部博幸・小野誠治組以来です。
各紙が報じた「44年」の中身を、Rallysの歴代一覧で見てみます。
アジア大会男子ダブルスの日本人優勝ペア
- 1962年:小中健・三木圭一
- 1966年:三木圭一・高橋浩
- 1974年:長谷川信彦・河野満
- 1982年:阿部博幸・小野誠治
過去4組の名前が並びます。
日刊スポーツによれば、今回金メダルを獲得すれば5組目の優勝となり、男子団体との2冠にもなります。
篠塚大登選手の「ダブルス勝負強さ」
篠塚選手は2025年の世界卓球ドーハ大会で、戸上隼輔選手と組んで男子ダブルスを制しました。
オリンピックス(olympics.com)などによると、日本にとって1961年北京大会以来64年ぶりの金メダルで、決勝は台湾の林昀儒・高承睿組に3-2でした。
世界の舞台でもフルゲームの決勝を制した経験が、1-3からの巻き返しに生きたのかもしれません。
同じ日のもう一つの準決勝は、日本ペア同士の明暗

出典:張本智和、6度のマッチポイントをしのぐ激闘!それでも最後は…😭🔥 || 「あと1点」から奇跡の粘り…張本智和、壮絶な死闘の結末🏓🔥 – Nippon SportsX
日本勢は準決勝にもう一組、戸上隼輔選手(25歳)・松島輝空選手(19歳)を送り込んでいました。
相手は林詩棟・黄友政組。1-4(13-11、10-12、6-11、9-11、6-11)で敗れ、銅メダルとなりました。
スポニチアネックスは、松島選手の「(疲労度は)100%を超えているかなと思うし、限界のまま試合に臨んでしまった」というコメントを伝えています。
第1ゲームを13-11で取りながら、そこから4ゲーム中3ゲームを大きく落とす展開でした。
決勝の相手は、戸上・松島組を破った林詩棟・黄友政組

出典:【卓球男子団体】日本に敗れた王楚欽が本音激白!張本智和を前に中国が26年ぶりの優勝を逃した真相とは? – Sun
張本・篠塚組の決勝の相手は、その林詩棟・黄友政組です。
日刊スポーツは午後7時開始予定と報じています。
中国系メディアの要約では、大会前にペアを組み替え、世界ランク2位とされています。ただし本文は確認できておらず、参考情報にとどまります。
張本選手が語っていた「金」へのこだわり
スポーツ報知によると、団体優勝の翌日(9月25日)に張本選手はこう話していました。
「金を1個取るのが難しい大会だと忘れてはいけない。でもチャンスがあるので、狙って行きたい」
その後、9月26日にはシングルス準々決勝で敗退し、シングルスを含む3冠は消えました。
ダブルスでは同日の準々決勝を3-0で勝ち、準決勝は逆転で通過。銀メダル以上が確定した状態で決勝のコートに立ちます。
決勝の結果は本記事の執筆時点で確認できていません。試合結果は、大会公式や各報道でご確認ください。
