90歳の誕生日翌日、通算17度目のVをつかんだ

出典:90歳で日本一!金澤利翼が見せた「年齢を超える挑戦」#金澤利翼#ボディビル#日本マスターズ#JBBF#ボディビルダー#筋トレ#スポーツニュース#90歳#日本一 – Ap ki Dua
2026年8月30日、広島国際会議場。
JBBF(日本ボディビル・フィットネス連盟)主催の第38回日本マスターズ選手権、85歳以上級で優勝したのは金澤利翼さんでした。
金澤さんは前日の8月29日に90歳の誕生日を迎えたばかり。大会の最高齢出場者でもありました。
これで日本マスターズ選手権は通算17度目の優勝です(FITNESS LOVE / Yahoo!ニュース)。
表彰の場で、金澤さんはこう語っています。
「ボディビルは私の人生です」「130歳まで生きようと思ってる」「人間、いつまでも辛抱して頑張らんとあかん」。
130歳とは、ずいぶん先の目標を掲げたものです。
20歳での転向、両親への直談判

出典:さんま御殿収録の旅89歳・金澤利翼さんの東京出張!外食編|玄米納豆なしの一日とKBSスタッフと再会 – 生涯現役・金澤利翼とあすか【公式】
太平洋戦争中、幼少期の金澤さんは極度の食糧難を経験しました。
このハングリー精神が、後の競技人生の原点になったといいます。
高校時代は競泳選手。古橋廣之進に憧れ、1500m自由形でのオリンピック出場を目指していました。
しかし夢は断念。20歳でボディビルへ転向します。
鉄道員だった父親に反対されながらも「5年でボディビル日本一になるから養ってください」と直談判したのが、この道に進んだきっかけでした。
宣言通り、1960年と1963年に日本選手権(ミスター日本)を2度制覇。
1967年と1969年には世界選手権で4位に入賞しています。
手作りダンベルと国際舞台への挑戦

出典:89歳現役ボディビルダー 【金澤利翼選手】 – Kentaiチャンネル
セメント製の道具から始まった鍛錬
駆け出しの頃、参考になる情報はほとんどありませんでした。
金澤さんはセメントで自作したダンベルでトレーニングを開始。
英語の専門誌「Muscle Builder」を辞書を引きながら読み込み、知識を蓄積していきました。
米海兵隊岩国航空基地のジムにも3年間通い、最新機材の使い方を学んでいます。
広島県初のジムと世界への挑戦
1965年、金澤さんは広島県初のトレーニングジム「広島トレーニングセンター」を設立し、会長に就任。広島県ボディビル・フィットネス連盟でも役職を歴任してきました。
34歳で一度は競技を離れ、ジム経営に専念した時期もあります。
転機は50歳。衰えを感じたことをきっかけに競技へ復帰しました。
1998年から2002年にかけては日米親善大会で優勝、2016年には世界マスターズ選手権65歳以上の部で6位に入っています。2024年にはIFBB男子ワールドカップのボディビルマスターズ60歳以上級にも出場しました。
玄米と納豆、50年の食生活と130歳への目標
肉や魚を口にしない食生活を、金澤さんは50年以上続けています。
玄米、納豆、味噌汁を1日3食。
戦時中、質素な食事の高齢者ほど健康的に長生きする様子を目にした経験が、この食生活の背景にあるといいます。
長寿の象徴として知られる、きんさん・ぎんさん(成田きんさん・蟹江ぎんさん)にも言及。
「筋トレを組み合わせればさらに長生きできる」というのが金澤さんの持論です。
若手時代は毎日6時間、1種目20セットの猛練習でした。現在の基本ルーティンは週1回、高重量は扱わないスタイルに変えています。
2024年に15度目、2025年に16度目、そして2026年に17度目。金澤さんの日本マスターズ選手権制覇は、1年ごとに記録を更新し続けています。
なお1960年代のミスター日本2度を合わせ、日本タイトル通算では19度に及ぶという数え方をするメディアもあります。
93歳までの現役継続、130歳までの長寿。金澤さんが掲げる目標は、まだ道半ばです。
