町野修斗の小学校・高校はどこ?三重から大阪へ越境したサッカー人生

小学4年生で、キックオフから約30メートルのゴールを決めた少年がいました。

それが、いまW杯日本代表の町野修斗さんです。

三重県の小さなサッカー少年団から、なぜ大阪の強豪校へ。そしてプロへ。

この記事では、家族や代表の話ではなく、町野さんの「学校」にしぼって歩みをたどります。

小学校時代の伝説のゴール、そして高校で見せた早熟ぶり。知れば、いまの活躍の理由が見えてきます。

目次

町野修斗の小学校はどこ?伊賀のサッカー少年団で頭角

【輪島塗のすね当てを披露】スウェーデン戦 3日前インタビュー 田中碧/町野修斗/長友佑都|FIFAワールドカップ2026

出典:【輪島塗のすね当てを披露】スウェーデン戦 3日前インタビュー 田中碧/町野修斗/長友佑都|FIFAワールドカップ2026 – 日テレスポーツ【公式】

結論から言うと、町野修斗さんは三重県伊賀市立中瀬小学校の出身です。

そしてサッカーを始めたのは、なんと3歳。

3歳上のお兄さんの影響でボールを蹴り始めたと、Wikipediaや東海テレビの取材で伝えられています。

どこのチームでプレーしていた?

小学生時代に所属していたのは「FC中瀬SS(中瀬スポーツ少年団)」

これは町野さんが通っていた伊賀市立中瀬小学校を母体とするチームです。

つまり、学校とサッカーが地続きの環境で育ったわけですね。

チームの中では、ずば抜けて上手かったといいます。

小4の「キックオフゴール」がすごい

町野少年を語るうえで外せないのが、小学4年生のときのエピソード。

試合のキックオフから、そのままシュートを決めてしまったんです。

東海テレビNEWS(2022年11月放送)の取材で、父・理さんは映像を見せながらこう振り返っています。

「ゴールまで約30メートルあった。キックには自信があったみたい」

当時の背番号は7。

「そこから狙う子はほとんどいなかった」とも語られていて、その早熟ぶりが伝わってきます。

小学生でこの飛距離とコントロール。ちょっと規格外ですよね。

名前に込められた「シュート」

実は「修斗(しゅうと)」という名前にも、サッカーへの思いが込められています。

父・理さんは元実業団のサッカー選手。

Jリーグ発足前に足の大ケガで現役を退き、いまは実家の畳店を営んでいます。

自分が叶えられなかったプロの夢を息子に託し、サッカーで最も大事な「シュート」から覚えてもらえるように、と名付けたそうです(東海テレビNEWSより)。

名前どおり、得点を量産する選手に育ったのは見事という他ありません。

町野修斗の高校はどこ?三重から大阪・履正社へ越境

【20分で4得点!】日本代表 町野修斗 圧巻のゴールショー🥷(ゴール動画)

出典:【20分で4得点!】日本代表 町野修斗 圧巻のゴールショー🥷(ゴール動画) – Jリーグ公式チャンネル

中瀬小学校を卒業した町野さんは、地元の伊賀市立城東中学校に通いながら、クラブチーム「FCアヴェニーダソル」でプレーします。

そして高校進学で、大きな決断をします。

三重県を出て、大阪の履正社高等学校へ進んだのです(2015〜2017年)。

なぜ大阪まで?寮生活で勝負

履正社高校はサッカーの強豪として知られる学校です。

三重出身の町野さんは、わざわざ府県をまたいで越境入学。

高校3年間は寮生活を送りながら、サッカーに打ち込みました。

地元を離れて勝負に出る——この選択が、のちのプロ入りにつながっていきます。

1年からレギュラー、2年で全国の優秀選手に

履正社での町野さんは、入学初年度からいきなりレギュラーに定着します。

1年生でこのポジションを掴むのは、簡単なことではありません。

さらに2年次には、全国高校総体(インターハイ)の優秀選手に選出。

全日本高校選抜にも選ばれ、全国レベルでその名が知られるようになります。

小学校時代の「上手い子」が、高校では「全国区」へ。順調にステップを上げていきました。

高校卒業後はそのままプロへ

3年次には、横浜F・マリノスの練習に参加して高い評価を受けます。

そして正式加入が決定。

履正社高校を卒業した2018年、町野さんは横浜F・マリノスへ加入し、プロのキャリアをスタートさせました。

ちなみに2026年6月には、母校の履正社中学校・高等学校が公式ニュースで「卒業生の町野修斗選手がサッカーW杯日本代表へ」と報じています。

母校にとっても、誇らしい卒業生というわけですね。

意外と知られていない「プロでの遠回り」

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ここで一つ、見落とされがちな事実を。

横浜F・マリノスに入団した町野さんですが、最初からトップで活躍したわけではありません。

ギラヴァンツ北九州への期限付き移籍で8ゴールを挙げ、そのまま完全移籍。

2021年に湘南ベルマーレへ移った頃から、ブレイクしていきます。

その後はドイツのボルシア・メンヒェングラートバッハでプレーし、W杯日本代表に追加招集されました(Wikipedia、スポーツナビより)。

小学校での原石が、いくつもの移籍を経て世界の舞台へ。

まっすぐ一直線ではなく、各ステージで結果を出して階段を上ってきた選手なんです。

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最後に、この記事のポイントを表で整理します。

項目 内容
出身地 三重県伊賀市
サッカー開始 3歳(兄の影響)
小学校 伊賀市立中瀬小学校
小学校のチーム FC中瀬SS(中瀬スポーツ少年団)
小学校の逸話 小4で約30メートルのキックオフゴール(背番号7)
中学校 伊賀市立城東中学校(FCアヴェニーダソル所属)
高校 履正社高等学校(大阪・2015〜2017年、寮生活)
高校での実績 1年からレギュラー、2年でインターハイ優秀選手・全日本高校選抜
プロ入り 2018年に横浜F・マリノス加入

三重の少年団で芽を出し、大阪へ越境して全国区へ。

名前に込められた「シュート」の願いどおり、町野修斗さんはゴールで道を切り開いてきました。

小学校時代の30メートルゴールを知ると、いまの代表での活躍も、ぐっと身近に感じられますね。

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