吹奏楽部でスティックを握った中学時代

出典:FRUITS ZIPPER松本かれんの生い立ち – 著名人マニアのチャック
放課後の音楽室、金管や木管に混じって聞こえるのは、ドラムを叩く音。
FRUITS ZIPPERの松本かれんさんは、中学生の頃そこにいました。
吹奏楽部でドラム、正確にはパーカッションを担当していたのです。
音楽メディアPop’n’Rollのインタビューで本人はこう振り返っています。
「ドラムは、中学生の時に吹奏楽部で担当したことがあって。“楽しい!”と思って習い始めました!」
学校の部活動で味わった楽しさが、そのまま外部のドラム教室通いにつながったわけです。
吹奏楽のパーカッションは、メロディを主張する花形パートではありません。
裏方としてリズムを支える役回りですが、そこに面白さを見出した中学生だったといえそうです。
電子ドラムは自分から欲しがったらしい

出典:松本かれんのスカートが「生きてる」と話題になった件 – FRUITS ZIPPER
ドラムにのめり込んだ中学時代、松本さんの自宅には電子ドラムが置かれていました。
購入のいきさつについて、本人はこう語っています。
「家に電子ドラムもあって。全然覚えてないんですけど、私がやりたいと言ったらしいんです」
自分では記憶がないというのが面白いところ。
それだけ幼い頃から、たたく・弾くという行為に自然と手が伸びる子どもだったのでしょう。
吹奏楽部でスティックを持つ以前から、音を出す遊びが身近にあったことがうかがえます。
出身中学は千葉県の昭和学院中学校?
肝心の中学校名について、本人や所属事務所からの公式な発表は確認できていません。
学歴情報サイトでは、千葉県の私立・昭和学院中学校(偏差値48)出身とされています。
昭和学院は中高一貫校で、高校は受験なしで昭和学院高校へ内部進学したとする情報もあります。
高校の偏差値は50〜59とされていますが、コースまでは分かっていません。
芸能活動と学業を両立させる上で、受験を挟まない内部進学は負担を減らせる進路でもあります。
千葉県出身であることはWikipediaでも明記されている確かな情報です。
校名まではあくまで参考情報として受け止めておくのが正確でしょう。
ピアノを始めたのは2歳、それとも4歳

出典:【松本かれん 自己紹介】FRUITS ZIPPER YouTube LIVE – FRUITS ZIPPER
松本さんは幼少期からピアノにも親しんでいました。
ただし開始年齢については、メディアによって食い違いがあります。
講談社が運営するAneひめ.netのインタビューでは「2歳から」と紹介されました。
一方、Pop’n’Rollのインタビューでは本人が「4歳からピアノを習っていた」と発言しています。
どちらが正確かは断定できませんが、物心つく前から鍵盤に触れていたことは共通しています。
アイドルへの憧れは幼稚園より前から
音楽好きの原点をたどると、子どもの頃の夢はアニメ『きらりん☆レボリューション』のアイドルでした。
初めて買ったCDは、主人公・月島きらり役の久住小春さんのもの。
社交的な性格で「おしゃべりが上手だとほめられて、嬉しかった」とも語っています。
中学で夢中になったのはドラムでしたが、歌やピアノへの興味はそれ以前から育っていたわけです。
高校の吹奏楽部からピアノ専攻の短大へ
内部進学したとされる高校でも、松本さんは吹奏楽部に在籍していました。
一時ピアノから離れていた時期があり、再開したのは高校3年、音大受験の準備がきっかけです。
進学先は東邦音楽短期大学、ピアノ専攻とされています(偏差値42)。
受験理由についてPop’n’Rollでこう語っています。
「実技以外にも音楽理論などをしっかり学びたいなと思って受験しました」
技術だけでなく理論から学び直そうとした姿勢が、この発言からうかがえます。
短大在学中、SNSで発信したアイドル志望が知人の目に留まり、事務所紹介につながりました。
中学の経験は今のステージにも生きている

出典:【ドキュメンタリー】松本かれん生誕祭2024 – FRUITS ZIPPER
中学の吹奏楽部で芽生えたリズム感覚と、幼少期からのピアノ。
その両方が形になったのが2024年11月のこと。
あるイベントで、合唱曲「旅立ちの日に」のピアノ伴奏を披露しました。
裏方のパーカッションを叩いていた中学生が、数年後には人前でピアノを弾く側に立ったことになります。
2025年6月21日には派生ユニットPiKiも結成されており、中学時代に磨いた感覚は形を変えて舞台に残っています。
