ひょうろくは高校ではなく高専出身

出典:【密着】ひょうろく / 高専卒で年収500万から、脱サラして芸人になった理由。 – スタジオパーソル – はたらくを、もっと自分らしく。
「ひょうろく 高校」で検索すると、進学先の高校名を探している方が多いはずです。
結論からいうと、ひょうろくさんは高校に通っていません。
本名は白澤直樹(しらさわ なおき)さん、1987年7月7日生まれです。
鹿児島県の中学を卒業したあと進んだのは、偏差値66前後の国立高専でした。
大学には進学せず、卒業後はそのまま建設会社に就職しています。
一般的な「高校生活」を経験していない、珍しい学歴の持ち主といえます。
鹿児島工業高等専門学校・土木工学科
Wikipediaによると、進学先は国立の鹿児島工業高等専門学校、通称「鹿児島高専」です。
学科は土木工学科でした。道路や橋、河川といった社会インフラを設計する分野を5年間学んでいます。
高専は中学卒業者が入学する5年制の教育機関で、高校とは別の進路にあたります。
卒業と同時に高校卒業に相当する学歴だけでなく、準学士の称号も得られる仕組みです。
高専卒業生の多くはメーカーや建設会社などへの就職を選ぶ傾向があり、ひょうろくさんもその王道パターンを歩んだことになります。
お笑いのイメージとは離れた、理系の専門教育を受けていたことになります。
スポーツ推薦でセッターとして全国大会へ
高専入学の決め手はバレーボールでした。
スポーツ推薦での入学とされ、ポジションはセッターを任されていたといいます。
セッターはチーム全体の攻撃を組み立てる司令塔的なポジションです。
在学中はチームが県内1位となり、全国大会に出場した経験もあるそうです。
YouTube「さらば青春の光東ブクロのゴルフ学校」では、本人がこの経歴を語る場面が紹介されています。
鹿児島高専のWikipedia「著名な出身者」欄にも、お笑い芸人として名前が載っています。全国大会という舞台で結果を出した経験は、脱サラという大きな決断を支えた土台のひとつだったとも考えられます。
大学までお笑い一本で歩む芸人が多いなか、理系の高専で専門知識を積んでから就職を経て芸人になった経歴は、業界でも珍しいタイプです。
ひょうろくの小学校時代

出典:【劇的変貌】ひょうろく植替えの極意レクチャー完全版🌱@芽の巣山(東京都)【ほぼノーカット!未剪定版✂️】/変態植物倶楽部 #ひょうろく #珍奇植物 #観葉植物 #植え替え – 変態植物倶楽部【公式】
出身小学校は鹿児島市立吉野小学校とみられています。
Wikipediaで確認できる出身地は、鹿児島県鹿児島市吉野町です(生まれは奄美大島)。
芸名「ひょうろく」は、この吉野町に伝わる郷土物語「兵六(大石兵六)」に由来するという説があります。
地元の伝承を芸名に取り入れたわけです。
小学1〜2年生の頃、姉と兄の影響でバレーボールを始めたともいわれています。
この時期に触れたバレーボールが、のちの高専進学につながっていきました。
ひょうろくの中学時代

出典:若手時代の #ひょうろく #ジュウジマル #水ダウ #さらば – 【Ken】 YouTube支店・物置場
進学先は鹿児島市立吉野中学校とみられます。
出身小学校と同じ、吉野の地域にある中学校です。地理的なつながりからも、整合性の取れる情報といえます。
中学でもバレーボール部に所属し、選手として活躍していたようです。
得意科目は美術と音楽で、書道は7段の腕前という情報もあります。
スポーツだけでなく、文化的な分野にも強みを持っていたことがうかがえます。
高専卒業後、大学に進まず会社員に

出典:【ひょうろく初登場】ヤバい奴が事務所に凸してきたのでカメラ回した【変人】 – さらば青春の光Official Youtube Channel
ひょうろくさんは高専卒業後、大学には進学していません。
Wikipediaと集英社オンラインによると、卒業後は千葉県の建設会社に就職しています。
担当していたのは設計と営業でした。
高専で学んだ土木の知識を、そのまま仕事に生かした形です。
サラリーマン時代は”窓際族”
会社員時代の年収は約500万円だったといいます。
パーソルグループが運営するインタビューメディアの取材で、本人がそう明かしています。
同じ取材では、上司から「お前で笑ったことないよ」と言われたエピソードも語られています。
窓際族とは、重要な仕事を任されず社内で地味なポジションに甘んじる社員を指す俗語です。
自称・窓際族。意外にも、”普通の会社員”だったことを本人が振り返っています。
脱サラしてコンビ結成、そして解散
転機は2012年でした。
高専時代の同級生・橋口ひとしさんに誘われ、脱サラしてコンビを結成します。
このコンビが、のちの「ジュウジマル」です。
M-1グランプリ2019では3回戦まで進出しました。
しかし2020年12月、コンビは解散。ひょうろくさんはフリーのピン芸人として活動を始めます。
集英社オンラインの記事では、この時期に原因不明の病気で命の危機を経験したことも紹介されています。
「大人のすることじゃない」と周囲から言われながらも、活動を続けていたそうです。
2022年、TBS「水曜日のダウンタウン」でバイきんぐ小峠英二さんの”替え玉”ドッキリに出演したことが、大きなブレイクのきっかけになりました。
理系の高専で学び、会社員を経てからお笑いの道に入った経歴は、一般的な芸人のキャリアパスとは一線を画しています。
ひょうろくの学歴まとめ

出典:【経歴暴露編】謎過ぎる男ひょうろくの怪奇まとめ!!! – 【公式】さらば青春の光切り抜き動画
| 段階 | 学校名 | 備考 |
|---|---|---|
| 小学校 | 鹿児島市立吉野小学校(とみられる) | 出身地・吉野町と一致 |
| 中学校 | 鹿児島市立吉野中学校(とみられる) | バレーボール部所属 |
| 高校 | なし(高専に進学) | 一般的な高校生活は経験していない |
| 高専 | 鹿児島工業高等専門学校 土木工学科 | 偏差値66前後、スポーツ推薦でセッターとして入学 |
| 大学 | 進学せず | 卒業後は千葉県の建設会社に就職 |
小学校と中学校の校名は、本人や公式メディアによる明言がまだありません。
出身地・吉野町との整合から推測されているのが実情です。
一方で高専以降の経歴は、Wikipediaや集英社オンライン、パーソルグループの取材など、裏付けのある情報がそろっています。バレーボールのセッターから理系高専、会社員を経て芸人へ。ひとつの職業に収まらない歩みが、いまの活動の土台になっています。
