学歴はすべて非公表、それでも輪郭は見える
「地獄のような日々でした」——そう振り返る学生時代を過ごしながら、通っていた学校の名前は本人の口からも事務所からも明かされていません。
女優の円井わんさんの学歴です。
小学校、中学校、高校、いずれも公式な校名は非公表のまま。それでも本人インタビューをたどると、大阪市内で過ごした少女時代の輪郭が見えてきます。
円井わんの小学校

出典:【ばけばけ】衝撃の結婚発覚!濱正悟×円井わんが夫婦に!視聴者歓喜の瞬間 – 光と影の富
「役者をやりたいというのは、小さいときからずっと思っていた」。円井わんさんは自身の夢の原点をそう語っています。
きっかけは覚えていないものの、芽生えた時期ははっきりしています。
校名は公表されていない
出身小学校の校名は、Wikipediaや日本タレント名鑑、ORICON NEWSのプロフィールいずれにも記載がありません。
公表されている出身地は「大阪府」のみ。中学時代を語ったインタビューで「地元は大阪市内」と明言していることから、小学生時代も大阪市内で過ごしたとみられます。
夢の始まりは幼稚園
2020年11月13日公開のミニシアターに行こう。のインタビューでは、「幼稚園のころから」役者を志していたと明かしています。
親には内緒で、「ダンサーになりたい」と嘘をついてダンスや音楽のレッスンに通っていたそうです。
小学生から書き続けた「呪いのノート」
2024年7月26日公開のユーウォッチのインタビューによると、日常で感じたことをすぐメモする習慣は小学生の頃に始まったといいます。
作詞やポエムを書くのが好きで、あまりに書き込みが多いノートは友人から「呪いのノート」と呼ばれていました。
円井わんの中学校

出典:市原隼人vs円井わん、闇を暴こうとする家庭科教師登場!ドラマ『おいしい給食 season3』第6話予告編+「給食道編」映像 – moviecollectionjp
中学時代について、円井わんさんは強い言葉を選んでいます。
校名は明かされていない
小学校と同様、出身中学校の校名も公表されていません。ネット上には「大阪府内の公立校」と推測する記述が見られますが、出身地からの推測にとどまり、一次情報の裏付けはありません。
「地獄のような日々」という告白
学生新聞オンラインの取材(2026年7月15日公開、取材日は同年6月4日)で、円井わんさんは中学時代を「人生の中で一番つらかった」と振り返っています。
「周囲の声がすべて聞こえるような感覚があり、全部が悪口に聞こえてしまい、苦しかったです」。
この経験が「いつか役者として見返そう」という思いにつながり、24歳まで生きる原動力になったと語っています。
地元・大阪市内への複雑な感情
ミニシアターに行こう。のインタビューでは、地元について踏み込んだ発言もありました。
「地元はめっちゃ嫌いなんです。大阪市内なんですが、すごく狭い世界で、それこそ差別や偏見だらけの街でした」。
中学時代の苦しさと地元への嫌悪感が、重なるように語られている点が印象的です。
なお、伊藤潤二原作ドラマ『ストレンジ』出演時のインタビューでは、「誰かを見返すために頑張らなくてもいいのだ」と思えた瞬間があったと明かしており、見返す動機そのものから解放されつつある心境の変化がうかがえます。
円井わんの高校

出典:MisiiN x 円井わん「舐められまいと尖り抜いた10代 /トラウマは、忘れない! / 俳優として願うこと」 | ANOTHER HIGHLIGHT – MisiiN
高校時代は一転、ヒップホップとバンド活動に明け暮れた3年間だったようです。
校名は断定できない
まとめサイトでは「大阪府堺市の香ヶ丘リベルテ高等学校 表現教育科」という校名が広く出回っています。
しかし新聞やテレビ局の報道での確認はできず、Wikipediaの香ヶ丘リベルテ高等学校・堺リベラル中学校高等学校の著名な出身者欄にも円井わんさんの名前は載っていません。校名は非公表として扱うのが実情に近いでしょう。
本人が明かした「表現教育科」
一方で学科名については、NB Press Onlineのインタビューで本人が言及しています。
「授業の中に演技とかダンスとか楽器演奏が含まれてはいました」と振り返り、実際の演技経験はシェイクスピア『夏の夜の夢』の朗読程度だったそうです。
香ヶ丘リベルテ高等学校の表現教育科が設置されたのは2012年、2018年には同科が分離して堺リベラル高等学校が開校しています。1998年1月3日生まれの円井わんさんの高校在学期は2013〜2016年度にあたるため、在籍していたとすれば分離前の香ヶ丘リベルテ高校時代です。
ヒップホップとドラムに費やした3年間
学生新聞オンラインの取材では、「ヒップホップに取りつかれていました」と高校時代を振り返っています。
朝から晩まで踊り、イベントがあれば見に行くほどの熱の入れよう。バンド活動ではドラムを担当し、高校1年生から始めたとNB Press Onlineで語っています。
大学に進学せず上京
高校入学のころに書いた作文で、初めて役者志望を親に伝えたところ「猛反対された」といいます。
それでも大学には進学せず、Wikipediaによれば高校卒業を機に上京。あてもなく東京に出て映画好きが集まるバーで働き始め、そこで知り合った縁から映画『獣道』にキャスティングされ、映画デビューを果たしています。
円井わんという芸名の由来

出典:なぜ“円井わん”? 朝ドラ注目女優の名前の裏側にあった意外な過去と成長の物語 – JP Drama Vibes
学歴からは少し離れますが、芸名「わん」にも本人らしいエピソードがあります。
Wikipediaによると、結構短気で尖った性格だったため「(性格が)丸くなって欲しい」という願いが込められているそうです。中学時代の苦しさを知ったあとだと、この由来にも重みが増します。
円井わんの学歴まとめ

出典:円井わんの未来は世界へ?朝ドラで注目の実力派女優が描く新たなキャリアとは – JP Drama Vibes
小学校・中学校・高校、いずれも校名は公式には明らかにされていません。それでも本人の発言をたどると、学生時代の輪郭は見えてきます。
| 項目 | 判明している内容 |
|---|---|
| 小学校 | 校名は非公表。地元は大阪市内とみられる。幼稚園から役者志望、小学生から「呪いのノート」を書いていた |
| 中学校 | 校名は非公表。「地獄のような日々」と本人が回想。地元への複雑な感情も告白している |
| 高校 | 校名は断定不可(ネットでは香ヶ丘リベルテ高等学校と噂されるが未確認)。学科は「表現教育科」と本人が明言。ヒップホップとドラムに熱中し、大学には進学せず上京 |
現在はNHK連続テレビ小説『ばけばけ』で野津サワを演じている円井わんさん。「地獄のような日々」を経て見返す動機からも解放されつつあるという心境の変化を知ると、画面越しの芝居にもまた違った奥行きが感じられます。
