就職試験に全部落ちた青年が、69年後に選んだ幕引き
昭和31年、高校を卒業する青年が受けた就職試験は、すべて不合格でした。
その青年が、俳優で喜劇役者の伊東四朗さん(89)です。
2026年10月1日、公式サイトで「来年6月15日、90歳の卒寿をもって引退する」と発表しました。所属事務所のオルテ企画と文化放送が、書面で伝えています。
直筆メッセージに書かれた理由
オリコンが全文を伝えています。理由は体の衰えです。
「眼、耳、脳、腰、膝…すべてが急速に退化」
「ドラマ撮影ではスタッフ、キャストに迷惑をかけることに…」とも。結びは「これからは、観させていただき、聴かせていただきます」でした。
冒頭には「いい爺ィになりました。えッ? 未練たっぷりに見える?」という一節もあり、最後まで笑いを添えた文面です。
三波伸介さんらと歩んだ喜劇人生

出典:てんぷくトリオ(三波伸介・戸塚睦夫・伊東四朗) – mkse62
初舞台は1958年、軽演劇の一座「笑う仲間」でした。日刊スポーツによると、その後の歩みは次の通りです。
- 1959年:「石井均一座」に所属
- 1961年:三波伸介さん、戸塚睦夫さんと「ぐうたらトリオ」を結成
- 1962年:「てんぷくトリオ」に改名
1976〜78年の「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」では「ベンジャミン伊東」として出演しました。「電線音頭」は社会現象になっています。
戸塚さんは1973年に42歳で、三波さんは1982年に52歳で亡くなりました。
俳優としての広がり
1983年にNHK連続テレビ小説「おしん」へ出演。十津川警部シリーズの亀井定雄役は1992〜2015年、「おかしな刑事」の主演は2003〜2024年に及びます。
2000年には第52回NHK放送文化賞を受賞しました。
文化放送とは40年以上、ラジオ約30年

出典:伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛 2021.09.4 – Radio’s JP
文化放送との縁は、1984年の『伊東四朗のあっぱれ土曜ワイド』から。12年半続きました。
1997年4月に始まった『伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛』は、毎週土曜15時から2時間の番組です。2012年4月に録音から生放送へ変わりました。
通算放送回数は、10月3日の放送時点で1493回。最終回は2027年6月12日(土)の予定です。
文化放送は公式リリースで、多忙な中でもラジオを深く愛し続けたと評し、その歴史を「かけがえのない宝」と表現しました。
表舞台の最後の仕事と、円周率1000桁

出典:“87歳”伊東四朗、ユーモア交えた自虐スピーチに会場爆笑「転んでたら助けてください」 『第50回 菊田一夫演劇賞』授賞式 – oricon
2026年8月31日と9月9日、東京・浅草公会堂で「伊東四朗一座」の映像上映とトークショーが開かれました。三宅裕司さん(75)、東貴博さん(56)が参加しています。日刊スポーツは、これが表舞台での最後の仕事になったと報じました。
最後のドラマ出演は、時代劇専門チャンネルの「三屋清左衛門残日録」シリーズ。主演の北大路欣也さんとは約40年前のドラマ「男子の本懐」以来の縁で、伊東さんは町奉行の佐伯熊太を演じています。
2025年には第50回菊田一夫演劇賞の特別賞も受けました。理由は「永年の舞台における功績に対して」です。
円周率を1000桁まで
女性自身(2022年12月)のインタビューによると、伊東さんは円周率を1000桁まで暗記しています。新聞コラムで50桁の語呂合わせを知り、自作で70桁、100桁、200桁と延ばしたそうです。
デイリー新潮(2024年6月)では、歴代天皇の名前や百人一首の全首も覚えていると明かしました。「役者の商売はせりふを覚えて演じること」という考えが根にあります。
引退までは約8か月半。ラジオの最終回は2027年6月12日、土曜の午後です。
