健康診断で、医師の聴診器を持つ手が止まりました。
胸の左右に何度も聴診器を往復させたあと、「あれ?」とつぶやいたといいます。
この日、心臓が右側にある「内臓逆位」という体質が発覚したのが、お笑い芸人チャンス大城さんです。
1975年1月22日生まれ、兵庫県尼崎市出身。本名は大城文章(おおしろ・ふみあき)さんといいます。
出身小学校や出身中学はどこなのか、そして学生時代に何があったのか。公開されている情報から追いました。
チャンス大城の出身小学校

出典:【チャンス大城】夜の小学校で… – チャンス 大城 の時間
出身小学校については、学歴まとめ系のサイトで「尼崎市立武庫北小学校」と紹介されています。
ただしWikipediaや新聞などの主要メディアでは校名の言及が見当たらず、確定情報とは言い切れません。
内臓逆位の発覚と「ミイラマン」と呼ばれた日々
内臓逆位は、乳児の約2万人に1人に起こるとされる体質です。
健康診断の場面を、本人は「お医者さんがタワレコの視聴みたいに並びだした」と表現しています(デイリースポーツ2022年9月6日、テレビ朝日系「アンタウォッチマン」)。
医師が「彼、心臓右にある」と声を上げた瞬間は、テレビ朝日系「アメトーーク!」でも本人が振り返っています(デイリースポーツ2023年4月28日)。
当時はアトピー性皮膚炎もひどく、包帯を巻いて通学していました。
そのため「ミイラマン」とからかわれ、いじめを受けていたと東洋経済オンライン(2019年1月10日)の取材で明かしています。
本人いわく「小学校5年まで九九ができないくらいアホ」で、ずっといじめられる立場だったそうです。
5年生のお楽しみ会が転機になった
流れが変わったのは5年生のクラスのお楽しみ会でした。
F1グランプリの走行音を口で「ブーンブンブーン」とまねたところ、大ウケしたのです。
この日を境にいじめがなくなり、芸人を志すきっかけになったといいます(東洋経済オンライン)。
尼崎の街の環境について、本人はダ・ヴィンチWebの取材で「シンナー中毒者とか路上生活者、野良犬がいるのが当たり前の景色だった」と語っています。
チャンス大城の出身中学

出典:心臓が右にある二人が出会う確率って話【チャンス大城】 – チャンス 大城 の時間
出身中学は「尼崎市立常陽中学校」とする情報が学歴まとめサイトに複数あります。
こちらも権威あるメディアでの明記は確認できておらず、参考情報にとどまります。
中学3年でNSC8期生に、いったん辞めて定時制へ
中学3年生のとき、吉本総合芸能学院(大阪NSC)の8期生として入学しています。
同期には千原兄弟、FUJIWARA、バッファロー吾郎がいたと東洋経済オンライン(2019年1月10日)で報じられました。
その後NSCをいったん辞め、伊丹市立高等学校の定時制に4年間通いながら、改めてNSC13期に入り直したことを本人が寄稿で明かしています(東洋経済オンライン2023年1月1日)。
中学在学中からお笑いの世界に片足を踏み入れていた格好です。
いじめの再燃と『4時ですよーだ』での大逆転
中学に上がると、いじめが再び始まりました。
「中学に入ってから2年間、ずっと笑ってなかった」と、ダ・ヴィンチWeb(2022年9月7日)の取材で振り返っています。
不良から「柔道部の畳を盗んでこい」「図書室の本を半分盗んでこい」と命じられ、実際に従ったこともあったそうです。
図書室には夜中に忍び込んで本を運び出し、畳を盗んだ際はバレて殴られたと東洋経済オンラインで語られています。
ゲーム機を不良に横取りされたこともあったといいます。
この状況を変えたのが、中学2年で出演した毎日放送『4時ですよーだ』の素人出演コーナーでした。
F1グランプリの口まねネタで優勝し、賞品はセガ・マスターシステム(Wikipedia)。
出演を決めた理由は、松本人志さんの「おもしろいやつはいじめられない」という言葉を信じたからだとデイリースポーツ(2022年9月6日)で明かしています。
優勝後は一転してヒーロー扱いされる一方、「セガ・マスターシステムよこせ」とたかられることもあったとWikipediaに記載があります。
この頃のあだ名は「サウザー」。北斗の拳に登場する、心臓が右側にあるキャラクターにちなんだものでした。
あだ名だけが独り歩きし、地元の不良「マンモス菊池」が学校に「サウザーを出せ」と押しかける騒ぎまで起きたそうです(デイリースポーツ2023年4月28日)。
母の勧めで見た新喜劇が、芸人人生の原点に
スポニチアネックスが配信した記事によると、2025年4月5日放送のカンテレ「おかべろ」で「僕、中学校でいじめられまくってまして」と語ったといいます。
母親の勧めで平日にうめだ花月へ足を運び、間寛平さんと池乃めだかさんの新喜劇「猿と猫のケンカ」を見て大笑いしたことが、吉本興業を目指すきっかけになったと伝えられています。
なお該当記事は現在リンク切れで、本文を直接確認することはできませんでした。
寛平さんを「恩人」と呼んでいる背景には、このときの体験があるようです。
2022年7月発売の自伝的エッセイ『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)にも、尼崎時代を綴った章があります。
「ソーセージ兄弟」「ウメヤマ家崩壊」「お金持ちのいじめはすごい」といった見出しが並び、当時の生活がうかがえます。
本人は自身を「いじめられエリート」と呼んでおり(Wikipedia)、苦しい時期を経てお笑いの道にたどり着いた歩みがにじみます。
チャンス大城の学歴まとめ

出典:【バイトーーク】チャンス大城の47歳までのバイト遍歴が想像を超えていた【鬼越トマホーク】 – 鬼越トマホーク喧嘩チャンネル
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出身小学校 | 尼崎市立武庫北小学校という情報あり(主要メディアでは未確認) |
| 出身中学 | 尼崎市立常陽中学校という情報あり(主要メディアでは未確認) |
| 小学校時代 | 内臓逆位の発覚、アトピーによるいじめ、5年生でF1ものまねが転機に |
| 中学時代 | 中3でNSC8期生に入学、いじめの再燃、『4時ですよーだ』で優勝 |
| 最終学歴 | 伊丹市立高等学校定時制(4年間在学、Wikipedia) |
出身校名こそ断定できないものの、いじめと逆転を繰り返した学生時代の輪郭ははっきりしています。
次にメディアで学生時代が語られるとすれば、自伝の続編や特番での回想がきっかけになりそうです。
