高木菜那の中学・高校時代まとめ!札内中から帯広南商業までの学歴を徹底調査

「美帆ちゃんのお姉ちゃん」——地元・幕別町では、そう呼ばれていた中学生がいました。

主役は、2018年平昌五輪でチームパシュートとマススタート、2つの金メダルを手にした高木菜那さんです。

中学時代は全国大会を1度制しただけ。2歳下の妹・美帆さんの陰に隠れる存在でした。

その構図は、高校に上がってもしばらく続きます。

悔しさをバネにした中学・高校時代の歩みを、本人の証言や地元紙・スポーツ専門メディアの取材から掘り下げます。

目次

高木菜那の中学時代

2018 平昌五輪 マススタート 高木菜那 金メダル 初代女王!

出典:2018 平昌五輪 マススタート 高木菜那 金メダル 初代女王! – スポーツ

出身中学は、北海道中川郡幕別町にある幕別町立札内中学校。

2005年4月に入学しています。妹の美帆さんも同じ札内中学校の出身です。

スケートを始めたきっかけは、兄・大輔さんでした。

1998年長野五輪の熱に影響されてスピードスケートを始めた兄を、留守番が嫌だった菜那さんと美帆さんが追いかけた格好です。

両親が「二人もやってみる?」と声をかけたのが始まりだったと、本人がビオレーサーメディアのインタビューで振り返っています。

きょうだい3人でリンクに通う日々が、姉妹それぞれの原点になりました。

中学時代の戦績は?

2007年、第27回全国中学校スケート大会の女子1000mで優勝。

翌2008年の第28回大会でも、女子500mで準優勝しています。

ただし本人は「全国を1回獲っただけで、他のタイトルは獲れていません」と淡々と振り返る。

地元で「天才少女」と騒がれていたのは、中学2年で世界ジュニア代表に選ばれた妹の美帆さんの方でした。

同じ屋根の下、同じリンクで育った姉妹の評価が、この時点では大きく分かれていたことになります。

中学生で五輪出場したのは妹

2010年のバンクーバー冬季五輪に、当時中学3年・15歳で出場したのは美帆さんです。

菜那さん自身が中学生で五輪に出場した事実はなく、姉妹の実績が混同されやすい部分なので注意が必要です。

同じ札内中学校の出身という共通点はあっても、五輪出場のタイミングは姉妹で大きく異なります。

検索で両者の経歴が混ざりやすいのは、この年齢差と出身校の一致が理由と考えられます。

高木菜那の高校時代

高木菜那選手  妹・高木美帆選手に押さえられるw

出典:高木菜那選手 妹・高木美帆選手に押さえられるw – なのかまの

進学先は、北海道帯広南商業高等学校。スケート部の名門として知られる、公立の商業科です。

2008年4月に入学し、2011年3月に卒業。卒業後は実業団の日本電産サンキョーに進んでいます。

競技と学業を両立させる進学先を選んだ時点で、本人にプロを目指す覚悟があったと見ることもできます。

恩師・東出俊一氏との二人三脚

指導したのはスケート部監督の東出俊一氏です。

のちに入学してきた美帆さんとは、毎日一緒に通学していたといいます。

姉が先に開拓した通学路と練習環境を、妹がそのまま追いかける構図がここでもできていました。

高校時代の主な戦績

高校在学中、菜那さんは次のような結果を残しています。

  • 2010年1月 第65回国民体育大会 少年女子1500m優勝
  • 2010年3月 世界ジュニアスピードスケート選手権 チームパシュート銀メダル(美帆さん、押切美沙紀さんと)
  • 2010年11月28日 第1回ジャパンカップ 少年女子3000m優勝

中学まで全国1勝だった選手が、高校の3年間でここまで結果を積み上げた事実は、決して早咲きではない成長曲線を物語っています。

世界ジュニアのメダルを妹と並んで獲得している点も、姉妹の力が拮抗していたことの証拠と言えます。

新聞配達で鍛えた自主性

高校時代は、トレーニングを兼ねて新聞配達をしていました。

夜明け前に起き、自転車で早朝の街を配って回る生活です。

高校1年で世界ジュニア代表を逃した悔しさから自主練習を重ね、高校2年で代表入りを果たしています。

誰かに管理された練習ではなく、配達という自主的な負荷を自ら課していた点に、この選手らしさが表れています。

妹・美帆との葛藤が原動力に変わるまで

【激闘終え姉妹が本音ぶつけあう】高木菜那×高木美帆 “ 姉がいない”オリンピックで気づいたことは?|ミラノ・コルティナ五輪/スピードスケート

出典:【激闘終え姉妹が本音ぶつけあう】高木菜那×高木美帆 “ 姉がいない”オリンピックで気づいたことは?|ミラノ・コルティナ五輪/スピードスケート – 日テレスポーツ【公式】

高校2年の冬、2010年2月のバンクーバー五輪に、15歳の美帆さんが出場しました。

菜那さんは当時の心境を、スポーツナビの取材で「妹ばかりが注目されて悔しい気持ちはありました」と明かしています。

姉妹としては仲が良くても、スケーターとしては複雑な葛藤があったと言葉を継いでいます。

「4年前は心の底から祝福できていなかった」とも語っており、当時の本音は決して穏やかなものではありませんでした。

一方で、五輪会場で妹の滑走を見た悔しさが「オリンピックに出たい」という思いに変わったと、Number Webのインタビューで語っています。

恩師の東出俊一氏は十勝毎日新聞の取材に「とにかく負けず嫌い。その対抗意識がスケートを頑張る原動力だった」と証言しています。

中学・高校と妹の背中を追い続けた6年間が、8年後の平昌五輪での金メダル2個につながりました。

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まとめ

女子団体パシュート 高木菜那、美穂、菊池彩花、佐藤綾乃

出典:女子団体パシュート 高木菜那、美穂、菊池彩花、佐藤綾乃 – rerurene310

高木菜那さんの中学・高校時代の情報を、表にまとめました。

項目 内容
出身中学 幕別町立札内中学校(2005年4月入学)
中学の主な戦績 2007年 全国中学校スケート大会 女子1000m優勝
出身高校 北海道帯広南商業高等学校(2008年4月入学〜2011年3月卒業)
高校卒業後の進路 日本電産サンキョー(実業団)
高校時代の主な戦績 2010年 世界ジュニア パシュート銀メダルほか

中学時代は妹の陰に隠れがちだった選手が、高校の3年間で世界ジュニア代表、国体優勝という結果を残す。

その足跡を知ると、平昌五輪の金メダル2個が偶然ではなく、札内中学校と帯広南商業高校で積み重ねた6年間の延長線上にあったことが見えてきます。

「美帆ちゃんのお姉ちゃん」と呼ばれていた頃には想像もつかなかった景色を、2018年の菜那さんは見ることになりました。

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この記事を書いた人

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