奈緒の両親に何があった?生後7カ月で父を亡くした過去と母との絆

奈緒さん、生後わずか7カ月で父親を亡くしていました。

死因はがんでした。

「奈緒」という名前も、実はその父がつけたものです。

母子家庭で育った奈緒さんと、女手ひとつで2人の子を育てた母。

その知られざる関係を、本人の発言や信頼できる報道をもとに整理しました。

目次

奈緒の父、生後7カ月でがんで他界

仲代達矢さん娘で養女の奈緒 父逝去後初めてSNS更新し思いをつづる「父を誇りに思う時間でした」

出典:仲代達矢さん娘で養女の奈緒 父逝去後初めてSNS更新し思いをつづる「父を誇りに思う時間でした」 – 日本の声

奈緒さんは1995年2月10日、福岡市生まれです。

父・母・9歳年上の兄という4人家族でした。

ところが奈緒さんが生後7カ月の時、父ががんで他界します。

本人も「父との思い出というものが今までありませんでした」と語っています(2024年3月、ドラマ『春になったら』クランクアップ時のコメント)。

以後、奈緒さんは父の顔も声も知らないまま育つことになりました。

物心つく前の別れだからこそ、大人になってからも「一緒にお酒を飲みたかった」「お父さんとケンカしたかった」という言葉が出てくるのだと思います。

名前「奈緒」は亡き父からの願い

奈緒、黒髪ショート×肩出しドレス姿でスピーチ「素直に日々を生きていきたい」 東京ドラマアウォードで主演女優賞

出典:奈緒、黒髪ショート×肩出しドレス姿でスピーチ「素直に日々を生きていきたい」 東京ドラマアウォードで主演女優賞 – MANTAN TV

芸名ではなく本名の「奈緒」

この名前を付けたのは、他界した父でした。

「たくさんの人から愛されるように」

そんな願いが込められているそうです(毎日キレイ、Wikipediaより)。

会ったこともない父から贈られた名前を、今も背負っている。

そう考えると、この名前の重みが違って見えてきませんか。

実は奈緒さんは2017年、芸名「本田なお」からこの本名に改名しています。

その際、母と一緒に父の墓前へ改名を報告したそうです。

報告した直後、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』のオーディションに合格しました(徹子の部屋、2023年9月28日放送)。

改名と朝ドラ合格のタイミングが重なったことで、本人にとっても父とのつながりを強く意識する出来事になったようです。

母子家庭で育った奈緒、上京に猛反対した母

映画『やさしくなあに ~奈緒ちゃんと家族の35年~』予告編

出典:映画『やさしくなあに ~奈緒ちゃんと家族の35年~』予告編 – シネマトゥデイ

父を亡くしてから、母は女手ひとつで兄と奈緒さんを育てました。

日常生活には厳しく、友達の家へのお泊まりは禁止。

門限も厳格だったといいます(現代ビジネス)。

2015年、20歳になった奈緒さんは女優を目指して単身上京を決意します。

しかし母は「東京、ましてや芸能界なんて絶対無理」と猛反対しました。

初めて奈緒さんが強く「やりたい」と主張したことで、ようやく折れたそうです(2024年1月、マイナビニュース)。

反対は「壁」だったという振り返り

上京後、奈緒さんはこの反対をこう振り返っています。

「反対されなかったらここまで頑張れていなかった」

「応援してくれる人は他にいるから、母である自分は壁になろうとしてくれたのだと思う」(同マイナビニュース)。

母の厳しさを、後になって愛情として受け止め直した発言です。

上京後の低迷期、母にかけた電話

松下奈緒さんが誤解を受ける映像

出典:松下奈緒さんが誤解を受ける映像 – わらび

上京してすぐ、仕事は順調ではありませんでした。

20代前半、焦りから母に電話でこう告白したそうです。

「中国に行こうかと思う」

母の返答は「何言ってんの?」の一言。

そのまま電話を切られたというエピソードを、2021年9月4日放送の『人生最高レストラン』で明かしています。

突き放しているようで、実は的確な一言だったのかもしれません。

同じ頃、ORICON NEWSのインタビュー(2023年2月)でも、奈緒さんは母から受けた無償の愛について触れています。

厳しさと優しさ、両方を持ち合わせた母親像が浮かび上がってきます。

現在は母と東京で同居、あえて別部屋も借りる

自分で苦労して【小平奈緒の名言】

*出典:[自分で苦労して【小平奈緒の名言】 – ​多言語で解く「言葉の裏付け」 – Linguistic Background

](https://www.youtube.com/watch?v=l6oMCKF2A38)*

2023年9月28日放送の『徹子の部屋』で、奈緒さんは母を福岡から東京へ呼び寄せ、同居していることを明かしました。

ただし住まいは一つだけではありません。

同居しながら、もう一部屋別に借りているそうです。

理由は家事力。

主婦役が増える中、母頼みで家事のスキルが落ちないよう、日中はその部屋で家事の練習をしているといいます(マイナビニュース)。

母も娘の仕事を理解しているようです。

「奈緒ちゃんはお芝居で生きていくんだね。お母さんはちゃんと分かりました」

テレビや雑誌の出演情報もチェックしているといいます。

あわせて読みたい

まとめ:奈緒の両親を語る発言に共通するもの

[感動] イ・サンファさん、解説席で号泣…  小平奈緒の滑り見届ける. 20220214

出典:[感動] イ・サンファさん、解説席で号泣… 小平奈緒の滑り見届ける. 20220214 – Artn

奈緒さんの発言を追うと、共通して出てくる言葉があります。

「母は家族みんなの大黒柱」「どんなに苦しい時も弱音を吐かない人」(2025年8月、日刊SPA!)。

女優を目指した原点も、母にあったようです。

「お母さんみたいになりたい、私が早く働けばお母さんと過ごせる時間が長くなるかな」(2024年10月、『ボクらの時代』)。

意外と知られていないのが、母の教えが演技観にまで影響している点です。

「自分の飲み物を買う時には、一緒にいる人の飲み物のことまで思い浮かべる人になってほしい」

この母の言葉が、「作品は自分1人では生まれない」という奈緒さんの考え方につながったといいます(現代ビジネス)。

父の不在という喪失を抱えながらも、母との絆を丁寧に語り続ける姿勢は、近年インタビューを重ねるごとにより具体的になっている印象です。

生後7カ月で父を亡くし、母と2人三脚で歩んできた奈緒さん。

その言葉の端々に、亡き父への想いと母への感謝がにじんでいます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

すぐトピ!編集部は、エンタメ業界を10年以上ウォッチしてきた専門チームが運営しています。

テレビ、SNS、報道を複数ソースで検証し、「今すぐ知りたい」という読者の疑問に正確・迅速に答えることを使命としています。

【専門分野】
芸能人プロフィール、トレンド分析、エンタメニュース速報

【約束】
・公式情報・報道をもとに執筆
・複数ソースでクロスチェック
・推測と事実を明確に区別
・誤情報は速やかに訂正

正確性とスピード、そして読者目線の分かりやすさを大切に、信頼できるエンタメ情報をお届けします。

目次