おいでやす小田が桃谷に13年|家賃45000円の部屋とヌートリア事件

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桃谷の和式便所に、ヌートリアがいた

真夏の大阪。バイトから帰宅すると、トイレのほうから「ピチャピチャ」と水の音がしました。

ドアを開けると、和式便器にたまった水を、体長50センチほどのげっ歯類が飲んでいる。

この部屋の住人こそ、のちにM-1グランプリ2020で準優勝する、おいでやす小田さんでした。

「おいでやす小田 桃谷」で検索した人が知りたいのは、たぶんここでしょう。桃谷はロケ地でも出身地でもありません。小田さんが13年間、実際に暮らしていた街です。

おいでやす小田が13年暮らした「桃谷」はどこなのか

おいでやす小田 【よしもと漫才劇場3周年SPネタ】

出典:おいでやす小田 【よしもと漫才劇場3周年SPネタ】 – よしもと漫才劇場チャンネル

鶴橋・桃谷・今里の、ちょうど真ん中

2022年7月4日公開のPOPEYE Web連載「僕が住む町の話。」で、小田さん本人が当時の住所をこう書いています。鶴橋駅から生野コリアタウンの御幸通商店街を突っ切り、平野川まで出たあたり。

行政区でいえば大阪市生野区。鶴橋・桃谷・今里の中間地点で、どの駅名で呼ぶかは住む本人の気分次第という立地でした。

目印は、角のスーパー「BIS千代」

京都市左京区で生まれ育った小田さんが大阪へ出たのは21歳のとき。「京都から大阪に引越したのは、もう24年前」と、2024年12月のSUUMOタウンの取材で振り返っています。

2DKで家賃45,000円、1階はスナック

建物は5階建て。1フロアにわずか2部屋しかない造りでした。

間取りは2DKで、家賃は45,000円。1階にスナックが入っていて、小田さんの部屋は2階にありました。

大阪の下町という言葉から想像される密度が、そのまま日常だったわけです。

「ドブ臭いというより、獣臭い」ヌートリア事件の顛末

おいでやす小田&とにかく明るい安村 おじさん金沢ゴルフ旅行 DAY1

出典:おいでやす小田&とにかく明るい安村 おじさん金沢ゴルフ旅行 DAY1 – おいでやす小田 どストレートチャンネル

ヌートリア遭遇は2010年ごろ、この2階の部屋で起きています。日刊ゲンダイが2018年6月4日に掲載した記事で、小田さんは「8年前」の出来事として語りました。

体長約50センチ、尻尾を含めれば約70センチ。トイレで目が合ったヌートリアは、ノソノソと足元をすり抜けて逃げていったといいます。

侵入を許した理由もはっきりしています。玄関に鍵をかけていなかったから。

残されたのは強烈なにおいでした。「ドブ臭いというより、獣臭い」。しばらくトイレに残臭が漂ったと明かしています。

この話はABCラジオ『ダイアンのよなよな…』で紹介され、ダイアンのリスナーの間では「ヌートリア=おいでやす小田」という図式が定着しました。芸人の下積み話は貧乏エピソードに流れがちですが、小田さんの桃谷時代は動物との遭遇譚として記憶されている。ここが少し変わっています。

野良猫「シャコちゃん」と、退去の日に置いた缶詰

ハサミもってるんで振り返って叫ばないでくださいね【BKB美容室~おいでやす小田様来店~】

出典:ハサミもってるんで振り返って叫ばないでくださいね【BKB美容室~おいでやす小田様来店~】 – BKB美容室チャンネル

桃谷の部屋には、もう一匹の常連がいました。ベランダに現れる、黒とグレーの野良猫です。

名付け親は当時の彼女、現在の妻。「シャーシャー鳴いて全然なつかへんからシャコちゃん」という命名理由でした。

食べ物はきっちりもらうのに、触ろうとすると引っ掻く。自分勝手な性格だったそうです。

13年住んだ部屋を出る日、二人はベランダにキャットフードの缶を置いて家を出ました。

桃谷を離れるとき、一番寂しかったのは人ではなく動物たちとの別れだったと小田さんは語っています。ただしヌートリアについては「怖すぎる」と、はっきり一線を引きました。

桃谷から東京へ|デパ地下7年、水道メーター検針は41歳まで

おいでやす小田 不動産さん コント 19.07.06

出典:おいでやす小田 不動産さん コント 19.07.06 – How to Smart

桃谷に住んでいた13年間、小田さんはずっと働いています。

近鉄百貨店上本町店のデパ地下食品売り場で7年。ハム販売の時給は800円で、扱っていたローストビーフは100グラム1,500円という代物でした。

役得もありました。売れ残った2,300円のうな重を、毎日もらって帰っていたそうです。

水道メーターの検針のアルバイトは、41歳になる2019年まで続きました。M-1準優勝のわずか1年前まで、バイトと芸人を掛け持ちしていた計算になります。

芸歴のほうは、2001年に西森洋一さんと「蛇腹」を結成して1年半で解散。2003年から奥重敦史さんと「土瓶」を約4年半組み、解散後にピン芸人へ。R-1ぐらんぷりでは2016年から5年連続で決勝に進みました。

上京のきっかけと「準急行が止まります」

2018年5月、活動拠点を大阪から東京へ移し、狛江市へ転居。このタイミングで桃谷の部屋を引き払っています。

「東京の家賃に仰天した。こんなもん払われへんで」。45,000円の2DKに13年いれば、その反応にもなります。

狛江を選んだ決め手は、駅にあった「準急行が止まります」の掲示。それを見て「運命だ」と思ったと、SUUMOタウンで明かしました。

ちなみに小田さんは物を捨てられない性分で、ピン芸人時代のネタ帳を今も全部保管しています。下積みについては婦人公論の2022年11月のインタビューで「辛すぎていまでも覚えてるんです」と語りました。桃谷の記憶が細部まで残っているのは、そういう性格ゆえかもしれません。

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  • 桃谷は出身地ではなく、21歳から13年間住んだ街(大阪市生野区、鶴橋・今里の中間)
  • 部屋は5階建ての2階、2DKで家賃45,000円。1階はスナック
  • 2010年ごろ、和式便所でヌートリアに遭遇。ABCラジオ経由で名物エピソードに
  • ベランダの野良猫シャコちゃんとの別れが、退去でいちばん堪えた
  • 2018年5月、東京・狛江へ転居して桃谷時代が終了

桃谷との結び付きは2000年から2018年の居住歴が軸で、2025年以降に新しいロケやイベントの情報は確認できません。

一方、東京へ出てからの動きは加速しています。2026年はABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ『50分のラヴァー』(1月18日〜3月15日)に米田大輔役で出演し、6月にはTOKYO FMでラジオの新番組がスタートしました。家賃45,000円の部屋からここまで、13年分の距離があります。

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