市川染五郎の小学校時代

出典:市川染五郎、父・松本幸四郎におねだり? “美少年”と絶賛されるも「自分では思わない」 – oricon
四代目松本金太郎。これが小学生時代の染五郎さんの名前だった。
2009年6月、歌舞伎座『門出祝寿連獅子』で襲名し、4歳で初舞台を踏んでいる。
小学校は青山学院?試験に合格して入学
Wikipediaは染五郎さんを「青山学院中等部・高等部出身」の人物として分類している。
幼稚園から通っていたのが青山学院で、小学校にあたる青山学院初等部にも試験を受けて入学したと複数のメディアが伝えている。
ただし「初等部」という名称そのものを大手メディアの記事で直接確認することはできなかった。
学校に通いながら舞台に立つ生活は、この頃から始まっている。
小さい頃から、人形やぬいぐるみを使って自分でお芝居を作っていたと、シネマトゥデイ(2021年7月)のインタビューで振り返っている。誰かに見せるためではなかったそうだ。
洋画好きでもあり、『ダークナイト』を観たのは小学校1、2年の頃だったとCLASSY(2020年5月)のインタビューで話している。
小学生で「国立劇場特別賞」を2度受賞
小学1年だった2012年1月、国立劇場『奴凧廓春風』の舞鶴屋倅小伝三役で国立劇場特別賞を受けた。
小学3年の2013年10月には『春興鏡獅子』の胡蝶の精役で、2度目の国立劇場特別賞を受賞している。
2014年3月27日、9歳の誕生日当日に第37回俳優祭で白井権八を演じた記録も残る。
このほか2011年6月の新橋演舞場『夏祭浪花鑑』、2013年4月の歌舞伎座『盛綱陣屋』、2015年2月の『水天宮利生深川』、2016年8月の『東海道中膝栗毛』など、公式ファンクラブの経歴には小学生時代の出演記録がずらりと並ぶ。
舞台と学校、両方をこなす小学生活はかなり過密だったとわかる。
市川團子との初共演は小学3年
2013年10月の『春興鏡獅子』胡蝶の精、これが團子さんとの初共演だった。
染五郎さんは小学3年、團子さんは小学4年。
舞台袖ではふたりでよく間違える箇所を毎日確かめ合っていたという(with class、2021年9月1日)。
劇場の食堂での定番は、染五郎さんが塩ラーメン、團子さんがカツカレーだったそうだ。
2016年12月8日、小学6年のときに祖父・父とともに三代同時襲名が発表された。翌年に迫った中学進学と、大きな節目が重なった時期になる。
市川染五郎の中学生時代

出典:市川染五郎 – 野バラ咲く路 (1978) – poko976
12歳、中学1年での大役。これが染五郎さんの中学校生活の始まりだった。
中学1年、12歳で八代目染五郎を襲名
2018年1月2日、歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』で八代目市川染五郎を襲名し、『勧進帳』の源義経を演じた。
時事通信はこのとき染五郎さんを「中学1年」と伝えている。「中学2年で襲名」と書くブログも見られるが、2005年3月27日生まれという生年月日から計算すると誤りだ。
襲名披露について、本人は「学校の友達がたくさん見に来てくれました」と時事通信の取材に語っている。
襲名初日は「もう、手が震えちゃって」「やっぱりまだ、染五郎といえば父」と振り返ったという。
2018年1月7日にはテレビ朝日系で『八代目市川染五郎 密着3650日〜12歳・若武者が生まれるとき〜』が放送された。2歳から10年間を追ったドキュメンタリーで、ナレーションは小栗旬さんが担当している。
12歳当時の趣味は、仏像フィギュア集めやザ・ドリフターズのコントDVD鑑賞、絵を描くこと、ぬいぐるみを使った自作劇だったとPrecious(2018年)は紹介している。学校と舞台の合間に、ごく普通の中学生らしい時間も過ごしていたようだ。
学業との両立に悩んだ本音
「歌舞伎のセリフを頭に入れるより、英単語を覚えるほうがずっと大変」
『婦人公論』2018年1月23日号での発言だ。
『MORE』2018年12月号では「勉強が世界になければもっとのびのび生きられるのにって思います」とも語っている。
別のインタビューでは、好きな教科を聞かれ「全部嫌い」と言い切った。
女性自身は、中学生になった頃から学業と芸事の両立に苦労していたと伝えている。
13歳のときには「僕は現在13歳なので、少し焦りを感じています」とクロワッサン(2019年1月)で明かした。いつか演じたい役として弁慶を挙げ、「歌舞伎の難しい部分が全て詰まったような役」と話している。
同じ13歳の頃、with class(2019年2月)では「自分の意思で選んだ道ですし、やめたいと思ったことは一度もありません」と話し、周りから「つまらなそう」と言われがちなタイプだとも打ち明けた。
写真集、そして高校中退へ
2018年11月、13歳で写真集『儚(はかない)市川染五郎』(講談社、撮影・操上和美)を刊行している。
2019年6月には三谷幸喜作『月光露針路日本』の磯吉役に14歳で出演し、8月の『東海道中膝栗毛』、11月の『連獅子』と中学最後の年も舞台が続いた。
その後、2022年5月に高校3年へ上がる前に高等部を中退したと報じられた。出席日数の不足から留年が濃厚となり、「芸事がおろそかになるくらいなら」という判断を父・幸四郎さんも了承したという(女性自身)。
中学時代に語っていた両立の苦しさが、その数年後の決断につながったとみられる。
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まとめ

出典:【市川染五郎・尾上辰之助・市川團子】“染辰團”で舞台初共演 初役へ挑む思い プライベートは“若者らしい会話なし” – 日テレNEWSカルチャー【公式】
市川染五郎の学歴に関するポイントを表にまとめた。
| キーワード | 内容 |
|---|---|
| 小学校 | 青山学院(初等部とされる)。試験を受けて入学したと複数のメディアが報道 |
| 小学生時代 | 国立劇場特別賞を2度受賞。9歳の誕生日に俳優祭に出演 |
| 中学生 | 青山学院中等部。中学1年・12歳で八代目染五郎を襲名 |
| 中学生活 | 学業との両立に苦悩。「好きな教科は全部嫌い」と語った時期も |
| その後 | 2022年5月、高3進級前に高等部を中退 |
12歳で名跡を継いだ染五郎さんが、13歳のときに語った目標は弁慶役だった。「歌舞伎の難しい部分が全て詰まったような役」、その挑戦がいつ実現するかは今後の公演情報で確かめられる。
