瓜田純士の子供の頃と両親、血のつながらない子供2人まで総整理

目次

瓜田純士の子供の頃

瓜田純士に突撃したら、とんでもないことになった。

出典:瓜田純士に突撃したら、とんでもないことになった。 – LOLY | 松崎星哉

新宿区立の中学校を、素行の悪さが理由で追い出された少年がいました。

転校先は杉並区立高南中学校。高校には一日も通っていません。

これが瓜田純士さんの少年時代です。

歌舞伎町生まれ、小学生から不良だった

1979年12月4日、東京都新宿区歌舞伎町の花屋の家に生まれました。

小学生のころには、すでに不良少年として名前が知られていたといいます。

イーファイトのインタビュー(2024年1月9日)では、当時をこう振り返っています。

「子供の頃は、周りに不良が一杯でよく怒られていた」

中学2年で強制転校、17歳で暴力団員に

中学2年に上がるタイミングで、素行不良を理由に地元の中学校から追い出されました。

転校先が杉並区立高南中学校です。高校には進学せず、義務教育を終えた形になります。

その後、17歳だった1997年に暴力団員になりました。

2025年7月14日、父の訃報を受けてXに投稿した言葉には、少年時代の本音がにじみます。

「俺が新宿で有名だったのはこの人を超えたくて真似ばかりしていたから」

不良少年としての日々は、父への対抗心から始まっていたことになります。

一部では、病弱だった兄の看病に母親が追われ、幼いころから構ってもらえなかった時期があった、という情報も伝わっています。

瓜田純士の両親と兄

瓜田吉寿 ブラックエンペラー2代目総長降臨!瓜田純士の父上は、怒羅権初代と何を語ったのか!?

出典:瓜田吉寿 ブラックエンペラー2代目総長降臨!瓜田純士の父上は、怒羅権初代と何を語ったのか!? – 正統版 佐々木秀夫チャンネル

家族の中心にいたのは、暴走族時代から名を轟かせていた父親でした。

父・瓜田吉寿さんは暴走族の伝説的総長

父の名前は瓜田吉寿さんといいます。

暴走族「ブラックエンペラー」の2代目総長として名を馳せた人物です。

その経験をまとめた手記『俺たちには土曜しかない』を残しています。

暴走族を離れた後は、暴力団の組員になりました。イーファイトは2024年1月9日の記事で、「組を抜けて飲み屋を経営している」という噂を伝えています。

2024年1月、純士さんは成人式にちなんで父の二十歳ごろの写真をXに投稿しました。「怖すぎるだろ…」とコメントを添えています。

母や兄についての公式な情報は少ない

母親については、大手メディアでの実名報道が見当たりません。

Wikipediaにも母親の経歴や両親の離婚についての記述はなく、詳細は公表されていない状態です。

兄については、純士さんより1歳上の兄がいることがWikipediaで確認できます。職業や現在の様子は明かされていません。

一部では、新宿で花屋を営んでいたのは母親だった、という情報も伝わっていますが、確証は取れていません。

父との絆、そして最期の別れ

瓜田純士、父の死去を報告「見た目は良く似ていたけど…俺の方が真面目な性分だった」

出典:瓜田純士、父の死去を報告「見た目は良く似ていたけど…俺の方が真面目な性分だった」 – Star News

事実の重みが最も表れているのが、2025年の夏に起きた出来事です。

2025年7月13日、大阪で開催されたBreakingDown 16に純士さんが出場しました。

対戦相手は貴aka悪魔王子さん。結果は40秒でのKO負けでした。

このとき入場曲に選んだのが、父に向けて書いた「to father」という楽曲です。

翌14日、純士さんは父の死を知ります。Xに「先程親父が亡くなったと連絡を受けた」と投稿しました。享年や死因についての報道はありません。

同じ投稿で、父についてこう綴っています。

「俺が博打も借金もやらず酒を辞められたのも親父が反面教師だから」

続けて、こうも明かしました。

「やったらやりっぱなしだし金もなにも踏み倒してばかり。唯一俺に授けてくれたのは『喋り』だ」

反面教師でありながら、唯一継承したのが「喋り」という才能だった、という振り返り方です。

生前、2人が出演したYouTube対談で、純士さんは終始、父に敬語で話していました。父は「俺には小さい孫とかもいるんで、俺の名前が出て欲しくない時もある」と、自らの露出には慎重な注文をつけていたといいます。

引退試合となった一戦の翌日に父を亡くす、という巡り合わせが、この家族の物語に重なります。

瓜田純士の子供は2人

瓜田純士と割れました…

出典:瓜田純士と割れました… – 瓜田れいこ様のポーポポ以外かすり傷♡毒舌下界通信

血のつながりのない2人の子供を、実の親のように育てています。

妻・麗子さんの連れ子として出会った経緯

妻の麗子さんとは、2013年12月に新宿の交差点でぶつかったことがきっかけで知り合いました。

2014年7月に入籍しています。

出会った当時、長男は17歳ぐらい、長女は中学2年ぐらいだったといいます。

2人とも麗子さんの連れ子で、純士さんとの血縁関係はありません。

過去、連れ子であることを理由にした中傷に対し、純士さんはこう言い切っています。

「血がつながってなかろうがおめえらに関係ねえんだよ!」

「彼らに何かあれば、俺も一緒に地獄だってみてやる」

「血はつながってないけど、俺らには目に見えない絆とか信頼がある」(デイリースポーツ 2023年4月15日)

長男・ジェリヤさんと長女・レイアさん

長男の瓜田ジェリヤさんは、2023年にBreakingDown 8のオーディションに参加しました。

「去年離婚して、仕事を失って、事故して、借金もして、家も失って。絶対人生変えてやると思って」と、当時の心境を語っています。

イーファイトの取材では「どんどん活躍していく親父を見て、これを超えられるのは息子である俺しかいない」とも発言しました。父を超えたいという言葉は、かつて純士さんが自分の父に向けていたものと重なります。

長女の瓜田レイアさんは、アイドリング!!!に清久レイアの芸名で在籍していました。

2023年4月、ねとらぼの取材でジェリヤさんは「俺が純士くんのこと大好きで、妹のことが大好きでおかんのことが大好き」と家族への思いを語っています。

あわせて読みたい

まとめ:瓜田純士の家族構成

【格闘技解説】瓜田純士のヤバい生い立ち【Breaking Down】

出典:【格闘技解説】瓜田純士のヤバい生い立ち【Breaking Down】 – バキバキ格闘技ch

項目 内容
子供の頃 新宿・歌舞伎町生まれ。小学生から不良、中学2年で強制転校、高校には進学せず17歳で暴力団員に
両親 父は暴走族「ブラックエンペラー」2代目総長・瓜田吉寿さん(2025年7月14日死去)。母については非公表
親 父とは生前敬語で接する間柄。父の死を知ったのは、自身の引退試合の翌日だった
子供何人 2人
子供 長男・瓜田ジェリヤさん、長女・瓜田レイアさん(元アイドリング!!!・清久レイア)。ともに妻の連れ子

父から受け継いだのは血ではなく、「何かあれば一緒に地獄まで見る」という覚悟だったのかもしれません。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

すぐトピ!編集部は、エンタメ業界を10年以上ウォッチしてきた専門チームが運営しています。

テレビ、SNS、報道を複数ソースで検証し、「今すぐ知りたい」という読者の疑問に正確・迅速に答えることを使命としています。

【専門分野】
芸能人プロフィール、トレンド分析、エンタメニュース速報

【約束】
・公式情報・報道をもとに執筆
・複数ソースでクロスチェック
・推測と事実を明確に区別
・誤情報は速やかに訂正

正確性とスピード、そして読者目線の分かりやすさを大切に、信頼できるエンタメ情報をお届けします。

目次