宮世琉弥さんの最終学歴、実は「堀越高校卒業」。大学には進学していません。
しかも上京前は、宮城県の海沿いの町で過ごした少年でした。
バレーボールに打ち込み、イオンでスカウトされ、東日本大震災を生き延びた——。
この記事では、宮世琉弥さんの出身校と中学校を軸に、小学校から高校までの歩みを時系列でたどります。
宮世琉弥の出身校はどこ?

出典:宮城出身の宮世琉弥、東日本大震災から15年の思いを…「ほんの少しだけでもあの日のことを思い出してもらえたら」(2026年3月11日) – ANNnewsCH
結論から言うと、宮世琉弥さんの出身校としてよく知られているのは芸能人御用達の「堀越高等学校」です。
ここを起点に、上京前後の学校を整理していきます。
高校は堀越高校だった
宮世琉弥さんは、堀越高等学校の「トレイトコース」に在籍していたと広く報じられています。
トレイトコースとは、芸能・スポーツ活動と高校生活を両立させるためのコース。
活動による出席不足を、進級・卒業に向けてサポートする制度が用意されているのが特徴です。
俳優やアイドルとして多忙な10代を過ごす宮世さんにとって、現場と学業を並走できる環境は理にかなっていたわけです。
なお、一部メディアでは「目黒日本大学高等学校」の可能性も挙げられています。
ただ、情報として有力なのは堀越高校のほうです。
大学には進学していない
気になるのは「その先」ですよね。
宮世琉弥さんは高校卒業後、大学には進学していません。
つまり堀越高校の卒業が、現時点での最終学歴とされています。
10代から俳優・アーティストとして第一線で活動していたことを考えると、進学よりも現場を選んだ流れは自然に見えます。
小学校は宮城県東松島市
出身校をたどると、ルーツは宮城県にあります。
小学校は、宮城県東松島市立浜市小学校。
この浜市小学校は平成25年3月末で閉校し、小野小学校と統合して「鳴瀬桜華小学校」になりました。
通っていた学校そのものが今は残っていない、というのは少し感慨深いポイントです。
宮世琉弥の中学校とバレー部時代

出典:Hinotori with Ryubi Miyase ✨️ #宮世琉弥#バレーボールネーションズリーグ – archieve yukiran
中学校時代の宮世琉弥さんは、芸能人というより「バレー少年」でした。
ここでは出身中学と部活動、そして上京までの流れを見ていきます。
中学校は矢本第一中学校とされる
宮世琉弥さんの出身中学は、東松島市立矢本第一中学校とされています。
ただし、これは公式発表ではありません。
卒業時の制服姿の画像から推定された情報である点は、押さえておきたいところです。
小学校と同じく東松島市内の学校で、地元で中学時代まで過ごしたことがうかがえます。
中学時代はバレーボール部
中学時代、宮世琉弥さんはバレーボール部に所属していました。
今のアーティスト・俳優としての姿からは少し意外かもしれません。
コートで汗を流していた少年が、数年後に全国区の俳優になる——。
このギャップ、知るとちょっと応援したくなりませんか?
中学卒業後に上京
中学を卒業すると、宮世琉弥さんは上京し、芸能活動に専念していきます。
そのきっかけは、小学5年生のとき。
仙台のイオン(ショッピングモール)でスカウトされ、スターダストプロモーション仙台営業所に所属したことが始まりでした。
その後「EBiDAN SENDAI」の研究生として活動をスタートします。
地元での下積みを経て、満を持して東京へ——という流れだったわけです。
学校生活の裏にあった震災とデビューの物語

宮世琉弥さんの学歴を語るうえで外せないのが、学校生活と並走していた2つの出来事です。
芸能界への入り口になった「震災」と「ももクロ」のエピソードを紹介します。
宮世琉弥さんは宮城県石巻市出身で、小学生のとき(小学1年生ごろ)に東日本大震災で被災しています。
津波で自宅を失い、母親と車で避難する途中、車ごと津波に流されたという壮絶な経験の持ち主です。
そのとき、車が山の斜面に引っ掛かり、車を出て山に登って助かったといいます。
この経験から「東日本大震災を扱った作品に携わりたい」という願望を持つようになりました。
そしてもう一つの転機が、2015年の復興イベント。
ここで見た「ももいろクローバーZ」のパフォーマンスに感銘を受け、芸能活動への興味を深めていきます。
学校に通いながら、こうした原体験が宮世さんの進路を形づくっていったわけです。
意外と知られていない事実

意外と知られていないのが、宮世琉弥さんがグループ活動を経て俳優に転身している点です。
選抜プロジェクト「BATTLE BOYS」を経て、2018年8月にボーカルダンスユニット「M!LK」に加入。
そして2020年1月、俳優業に専念するため卒業しています。
さらに2024年からは、シンガーソングライター「Ryubi Miyase」としても活動をスタート。
学生時代のバレー少年が、アイドル・俳優・アーティストへと表現の場を広げてきた——その出発点に、宮城での学校生活があったわけです。
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まとめ

出典:宮世琉弥 – Dream (from Ryubi Miyase Special Live 2025 -DOUBLE DUTY-) – 宮世琉弥
宮世琉弥さんの出身校と中学校について、ここまでの内容を表にまとめます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 小学校 | 宮城県東松島市立浜市小学校(現・鳴瀬桜華小学校) |
| 中学校 | 東松島市立矢本第一中学校(制服姿からの推定) |
| 中学の部活 | バレーボール部 |
| 高校(出身校) | 堀越高等学校 トレイトコース(目黒日本大学高校の説もあり) |
| 大学 | 進学していない(堀越高校卒業が最終学歴) |
| デビューの起点 | 小5で仙台のイオンでスカウト |
宮城の小学校・中学校で過ごし、堀越高校で芸能活動と学業を両立。
震災やももクロとの出会いを経て、宮世琉弥さんはいまの表現者になりました。
学歴の一つひとつに、ちゃんと物語が詰まっていますね。
※中学校(矢本第一中学校)は卒業アルバム・制服姿からの推定情報であり、公式発表ではありません。高校についても所属コース等は報道ベースの情報です。
