「2、3社落ちた」大学4年生の行き先は、お笑いだった
就職活動で落ちたのは、たった2、3社。
その手応えのなさから、芸人を目指した大学生がいました。
おかずクラブのゆいPさんです。
出身大学は桜美林大学で、在学中はラクロス部に所属していました。
学部まで知りたかった方、ごめんなさい。Wikipediaや吉本興業の公式プロフィールを含め、信頼できる媒体に記載が見当たらず、学部は確認できていません。
ここからは、就活の挫折から芸人になるまでの道のりを、時系列でたどります。
学歴は都立久留米高校から桜美林大学へ
Wikipediaによると、学歴は東京都立久留米高等学校(現・東京都立東久留米総合高等学校)から桜美林大学卒業です。
本名は藤野ゆいさん。1986年4月28日に兵庫県伊丹市で生まれ、小学生のときに東京都東大和市へ引っ越しました。
部活の変遷
スポーツメディアMELOSのインタビューによれば、競技歴は次のとおりです。
- 小学5年:バスケットボール
- 中学:バレーボール
- 高校:硬式テニス
- 大学:ラクロス
毎回違う競技を選んでいる点が、後の進路変更にも重なります。
就活で落ちて気づいた「人を笑わせたい」という原点
2016年8月9日、スタディサプリの高校生向けトークイベントにゆいPさんが登壇しました。
客席にいたのは、進路に悩む高校生300人。
Billboard JAPAN(エンタメOVO)の記事によると、ゆいPさんは大学4年の就活で2、3社に落ち、「もう無理、やりたくない」と思ったそうです。
そこで頭に浮かんだのが、小学生のころから人を笑わせるのが好きだった自分でした。
落ちた数が「2、3社」という小さな数字だからこそ、悩む高校生には身近に響いたと考えられます。大成功の物語より、小さな挫折から話し始めたことが、このイベントの説得力になっていました。
母の海外ボランティアが背中を押した養成所入り
決断を後押ししたのは母親の行動でした。
同じ記事で、ゆいPさんは母親が子育てが落ち着いてから、夢だった海外ボランティアに行ったと話しています。
それを見て出てきた言葉が「だったら私も早いほうがいい」。
本人が語っている範囲の話で、家族の詳しい事情は公表されていません。
2009年にNSC東京校15期へ入学し、同期のオカリナさんと出会いました。コンビ結成は2009年4月1日です。
互いの第一印象は、ゆいPさんが「なんてブスなんだ」、オカリナさんが「前歯が出ていてガチャピンに似ている」。最悪のスタートから、現在のコンビが始まっています。
2017年、約9年ぶりに母校のラクロス部へ
2017年4月24日(月)21時から放送された日本テレビ系「人生が変わる1分間の深イイ話」。
「スポーツに人生をかけた女性は本当に幸せなのか?SP」の回で、ゆいPさんは約9年ぶりに桜美林大学のラクロス部を訪れました。お笑いナタリーが伝えています。
予告では、後輩から「4年間のラクロスで何か得たものはありますか?」と聞かれる場面が紹介されました。
「チャンスが多いスポーツ」という言葉
2018年7月2日のMELOSのインタビューで、ゆいPさんはラクロスをこう語っています。
- 高校に部活が少ないカレッジスポーツ
- 全員が同じところから始められる
- 芽が出ればすぐ日本代表も狙える
全員が同じ線から始まるという構造は、養成所での勝負とも似ています。この言葉には、ラクロスで得た考え方が芸人の道にもつながっているという見方もできます。
西武園ゆうえんちのバイトと、藤井隆への憧れ
ゆいPさんの憧れの芸人は藤井隆さんで、NSCの願書にもそう書いたとWikipediaに載っています。
もうひとつ、西武園ゆうえんちでアルバイトをして、汽車を運転していた時期があります。2015年時点でも、まだ籍を置いていました。
2014年12月31日深夜(2015年1月1日放送)の「ぐるナイ おもしろ荘」で優勝し、注目を集めたあとも続いていたことになります。
2019年には「THE W」でコンビとして初めて決勝に進出しました。
なお、吉本興業の公式プロフィールでは身長158cm、体重109kg、特技は「ハープが気持ち程度弾けます」です。
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まとめ:桜美林大学、学部は非公表、転機は就活
- 出身大学は桜美林大学で、ラクロス部に所属
- 学部は信頼できる媒体で確認できず、非公表
- 転機は大学4年の就活で落ちた「2、3社」
- 母親の海外ボランティアも決断を後押しした
- 2017年には約9年ぶりに母校のラクロス部を訪問
履歴書なら学部欄が注目されますが、ゆいPさんの場合、語られているのは落ちた経験と母校との今のつながりです。
高校生300人の前で口にした「2、3社」は、経歴の中でいちばん小さな数字ですが、人生の向きをいちばん大きく変えた数字でもあります。
