なすなかにしの中学時代

出典:【漫才】-学校の熱血教師-なすなかにし初単独ライブでやった20年前のネタをリバイバル – なすなかの日常
那須晃行は1980年12月14日生まれ。
京都府八幡市で生まれ、大阪府枚方市で育ちました。
ヤンキーへの憧れは早熟で、小学4年生の時点ですでに剃り込みを入れていたといいます。
Wikipediaには中学・高校時代も「やんちゃだった」と記されています。
当時身につけていた金のネックレスと和柄のスカジャンは、今も机の引き出しに大切にしまわれているそうです。(Wikipedia)
中西は母と2人、山口県で暮らした中学時代
中西茂樹は1977年9月24日生まれ。
大阪府寝屋川市生まれ、枚方市育ちですが、中学時代の生活拠点は那須とまったく違いました。
両親の別居をきっかけに、小学校から高校卒業まで母と2人、山口県で暮らしていたのです。
当時の山口県では民放が2局のみ。
お笑い番組をほとんど見ないまま、思春期を送っていました。
いとこ同士、離れていても切れなかった絆
那須の母と中西の父は姉弟の関係で、2人はいとこ同士です。
那須が生まれた直後から、枚方市内でよく一緒に遊んでいました。
2人の関係を決定づけたのは、中西が何かやらかした際に那須が放った「人生初のツッコミ」。
この瞬間、中西は那須を「相方にしよう」と決めたといいます。
京都と山口、離れて暮らしていた時期も交流は途切れませんでした。
那須はぴあ関西版WEBのインタビューで、電話の会話を録音し、切った後にもう一度聞き返す習慣があったと明かしています。
なすなかにしの高校時代

出典:妻と相方が語る… なすなかにし那須 脳梗塞で倒れた当時の想い #おしゃれクリップ #なすなかにし – おしゃれクリップ【公式】
那須、中西ともに、出身高校の校名は公表されていません。
松竹芸能の公式プロフィールにもWikipediaにも記載がなく、非公表のまま芸歴を重ねています。
「なすなかにし 高校」で検索しても、学校名にたどり着く公式情報は存在しないということです。
高校生の那須が借りた1500円、いまだ未回収
高校時代のエピソードとして知られているのが、回転寿司屋での貸し借りです。
香里園駅前の回転寿司屋で、当時高校生だった那須は中西から1500円を借りました。
中西は2015年の取材で「その1500円がまだ帰ってこない」と明かしています。(ぴあ関西版WEB)
10年近く経った今も、返済は済んでいません。
高校卒業後、2人が選んだ道
高校卒業まで山口県で過ごした中西は、卒業後に介護福祉の専門学校へ進学しました。
介護福祉士の資格を持つことは、松竹芸能の公式プロフィールにも明記されています。
芸人を目指す前に資格を取得していた点は、笑いの世界に飛び込む若者としては珍しい経歴です。
2人はまず「イルミネーション」というコンビ名で、吉本の心斎橋筋2丁目劇場のオーディションに挑戦しました。
結果は落選。
その後、松竹芸能の養成所に入り直し、2001年に「なすなかにし」としてコンビを結成しています。
15歳の那須、すでに完成されていた表情
2023年12月、那須のマネージャーが誕生日を記念して5歳・15歳・20歳・43歳の写真を公開しました。
クランクイン!の報道(2023年12月16日)によれば、ファンからは「15歳の時とか、かっこいい」との声が上がったといいます。
小学生の頃から剃り込みを入れていた那須らしく、15歳の時点ですでに独特の雰囲気を漂わせていた1枚です。
なすなかにしの中学・高校まとめ

| 項目 | 那須晃行 | 中西茂樹 |
|---|---|---|
| 中学時代の生活拠点 | 大阪府枚方市 | 山口県(母と2人暮らし) |
| 出身中学 | 非公表 | 非公表 |
| 高校時代の様子 | やんちゃだったとされる | 高校卒業まで山口県で生活 |
| 出身高校 | 非公表 | 非公表 |
| 高校卒業後 | 松竹芸能の養成所へ | 介護福祉の専門学校へ |
学校名こそ分かりませんが、離れて暮らした10代があったからこそ、2001年の「なすなかにし」結成につながったといえます。
京都と山口、生活拠点は違っても、いとことしての関係は途切れませんでした。
次にラジオやトークでの掛け合いを聞くときは、電話越しに録音を聞き返していた中高生時代を思い出してみてください。
